イチロー、続いていく「51」の物語 日本で世界で代名詞

[ 2019年3月26日 08:00 ]

緊急連載 イチローのレガシー(4)

ファンの声援に応えるイチロー(撮影・森沢裕)
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 12年11月10日。入団交渉に合意したドラフト2位の18歳は、目を輝かせて言った。「51番といえばイチロー選手が頭に浮かぶ。小さい頃からの憧れでした。うれしいしビックリ」。打撃の左右は異なるが、高卒で投手から野手への転向、俊足、そして名字も同じ。イチローがオリックスで210安打を放った94年に生まれた広島・鈴木だ。昨季まで背番号51をつけ、チームの3連覇を支える主力に成長した。

 91年のドラフト4位でオリックスに入団した鈴木一朗。誰の色も付いていない、いわばマイナーな番号の「51」を与えられた。前身の阪急時代にはコーチがつけていたことからも、それが分かる。登録名を「イチロー」に変えた94年、日本球界初の200安打超えを果たすと、真っさらな分、「51」は新たなスターの代名詞として一気に浸透した。米国でも「ICHIRO」としてヤンキース時代の2年半を除いてつけ続け、計り知れないインパクトを残した。

 巨人・田中俊は、ルーキーだった昨年の「63」から「51」へと変更。原監督による大シャッフルを受けてのもので、「野球をやっている人なら誰もが(イチローさんを)イメージする番号。変更すると言われた時はうれしかった」と意気に感じた。一方、ソフトバンクで1年目の14年からつけている上林は、責任も痛感。「うれしい半面、プレッシャーもありましたね。51番=イチローさん。これは日本だけでなく、世界中の人がそう思っている」。その上で「少しずつでもいいので、時代とともに印象を変えられるように頑張りたいと思います」と、自身のイメージも加えていきたいという気概を示した。

 オリックスは「51」を永久欠番とすることを検討している。日本球界でこの番号が欠番となれば初めてのこと。大リーグでも現時点でバーニー・ウィリアムズ(ヤンキース)、ランディ・ジョンソン(ダイヤモンドバックス)、トレバー・ホフマン(パドレス)の3例のみで、2人は投手だ。世界中でイチローに憧れ、後に続く者たちが、新たな「51」の歴史を刻んでいく。 (特別取材班)

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