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【コラム】海外通信員

バルサの誇り“ラ・マシア”寄宿舎

[ 2011年11月10日 06:00 ]

 10月20日にバルサのジョアン・ガンペール・スポーツセンター内に建てられた新“ラ・マシア”寄宿舎の開館式が行われた。

 通称“ラ・マシア”と呼ばれるバルサのカンテラ(=優れた人材を輩出する場所=宝庫=生え抜き選手)の寄宿舎は、第36代ジョゼップ・ルイス・ヌニェス会長時代(78~00年)に、ヨハン・クライフ氏の助言でアヤックス(オランダ)の下部組織をモデルにつくられた。バルサのトップチームを目指すカンテラの充実させるために、1702年にカンプノウ・スタジアムの敷地内に建てられたカン・プラネス邸、通称“ラ・マシア”(=一戸建ての農家の意味)を32年前に改装してバルサの寄宿舎にしたのが始まりだ。

 通称“ラ・マシア”と呼ばれた旧“ラ・マシア”寄宿舎には、バルサにスカウトされて親元から離れてやって来た12~18歳までの子供たちが、学校に行きながらサッカーに励んで生活していた。その総数は、この32年間で延べ560人。その中からペップ・グアルディオラ監督を始め、アモール、ミジャ、デ・ラ・ペニャ、セラデス、プジョル、ビクトル・バルデス、イニエスタ、アルテタ、セスク・ファブレガス、オリオル・ロメウ等多くの選手がトップチームで活躍している。

 旧“ラ・マシア”寄宿舎開設当時の収容人数は40人だったが、後にカンウノウ・スタジアム内の北ゴール側に寄宿舎を一部増設して収容人数を60人にした。しかし、外部からのカンテラの人数が増えて手狭になり、バルサのジョアン・ガンペール・スポーツ・センターの敷地内に新たに83人収容できる地下1階地上4階建てのモダンな建物の新“ラ・マシア”寄宿舎が作られた。今後旧“ラ・マシア”寄宿舎は、会議、シンポジウム、パーティー等の各種公式行事の会場として使用される。

 新“ラ・マシア”寄宿舎の正式名は『ラ・マシア-オリオル・トルト教育センター』で、オリオル・トルト氏は、旧“ラ・マシア”寄宿舎開設当初の子供たちの親代わりを務めた寮長的存在であり、学業・教育の指導教師だった彼の功績に敬意を表して付けられた。
旧“ラ・マシア”寄宿舎出身のイニエスタが、「12歳でラ・マシアに来た僕はここで育ち、成長したことを誇りに思う。今後も“ラ・マシア”はバルサのカンテラが成長するために重要な存在になるだろう」とコメントしたことでもわかるように、旧“ラ・マシア”寄宿舎から新“ラ・マシア”寄宿舎に変わっても、これまで同様にここで生活する子供たちの才能を伸ばし、プロサッカー選手を目指すだけでなく、一人の人間として成長していくことを目標としている。

 新“ラ・マシア”寄宿舎の開館式で一番感動していたのは誰であろう、グアルディオラ監督だった。13歳で旧“ラ・マシア”寄宿舎に入り、ヨハン・クライフ監督の下でトップチームに20歳でデビューしてから“ドリーム・チーム”で一世を風びしただけでなく、引退後にバルサBの監督を経て、08~09シーズンにトップチームの監督に就任し、“ペップ・チーム”を作って多くのタイトルを獲得してバルサファンを喜ばせているのは周知のとおりだ。

 しかし最もバルサファンを喜ばせているのは、グアルディオラ監督が就任したこの4季でトップチームに通算19人のカンテラをデビューさせたことだろう。08~09シーズンのセルヒオ・ブスケツを皮切りに、アブラム・ゴンサレス、ティアゴ・アルカンタラ、シャビ・トーレス、マルク・ムニエサ、アルベルト・ボティアの6人、09~10シーズンにアンドレウ・フォンタス、ジョナタン・ドス・サントス、ガイ・アスリン、ジョナタン・ソリアーノ、マルク・ベルトラの5人、10~11シーズンにルベン・ミニョ、セルジ・ゴメス、オリオル・ロメウ、マヌエル・アジュド・“ノリート”、セルジ・ロベルト、マルティン・モントーヤの6人、そして今季にイサック・クエンカ、ジェラール・デウロフェウの2人がトップチームにデビューしている。いつも冷静なグアルディオラ監督だが、「この4年間で最も誇りに思うことはバルサのカンテラを成長させることに力を尽くしたことだ」と、思わずほほえんだのは無理もないことだった。

 とはいえカンテラからトップチームにデビューしても、バルサ内での生存競争が激しく、誰もがそのままバルサに残ってトップチームでプレーできるものではない。バルサのカンテラからトップチームに上がってバルサ歴代最多出場を達成したシャビでさえ、プレーの機会を求めて何度かバルサを去ることを考えたという。ピケ、セスク・ファブレガスに至ってはバルサのトップチームに上がる機会を失ってプレミアリーグに行った。さらにグアルディオラ監督がトップチームの監督に就任する前からトップチームに上がっていたボジャン(ASローマ)、ジェフレン(ベンフィカ)、そしてグアルディオラ監督がデビューさせたシャビ・トーレス(レバンテ)、アルベルト・ボティア(スポルティング・デ・ヒホン)、アブラム、ガイ・アスリン(マンチェスター・シティーのリザーブチーム)、オリオル・ロメウ(チェルシー)、ノリート(スポルティング・リスボン)等がプレーの機会を求めてバルサから他のクラブに去っているのも事実だ。

 現在、 “新ラ・マシア”寄宿舎に現在72人(うちサッカー選手は53人)の選手が生活しているが、バルサに一番近い場所に住んで、トップチームにまで上がる可能性を秘めていながら、それを果たせずに去る選手、さらにトップチームに上がるためには一緒に生活しているチームメイトとの厳しい生存競争に勝たなければならず、トップチームで成功するのは僅か一握りである厳しい宿命を持っている。

 しかし、バルサのキャプテンのプジョルが、「バルサにスカウトされて“ラ・マシア”寄宿舎に入って過ごした2年間が、少年時代で最高の時間だったと思う。大好きなバルサに入ることができた喜びとともに何でも吸収しようとやる気に満ちていた気持ちは今も全く変わっていない」と話すように、ここで少年時代を過ごした選手たちにとって、そしてバルサファンにとって、時代が流れ、場所や形が変わっても“ラ・マシア”寄宿舎は永遠にクラブのシンボル、バルサの誇りとして存続するに違いない。(小田郁子=バルセロナ通信員)

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