在阪民放アナのリレーコラム「アナランド」

MBS海渡未来アナ「日本一視聴者に近いアナウンサーになる」

[ 2025年12月24日 11:00 ]

長野・上高地登山にチャレンジしたMBSテレビ・海渡未来アナウンサー
Photo By 提供写真

 バラエティーだけでなく報道に情報、そして一番得意とするスポーツとマルチな分野で活躍するMBS・海渡未来アナウンサー(26)。「将来、報道・情報に進むのか、バラエティー、スポーツをやるのか。まだ、絞りきれてないんです」と器用がゆえに悩む毎日だ。

 子どもの頃から大の負けず嫌い。母親譲りだという。「病は気から」というのが母の口グセで「小中高校皆勤賞でした」と胸を張った。小学1年からクラシックバレエを始め、「日本一になりたい」と中学から創作ダンス部に。高校3年の時に全国大会で3位となった。だが、悔しくて仕方なかったという。

 立教大に進んで「どんなスポーツでもいいから日本一に」と水上スキー部に入部した。メジャーとは言えない水上スキーだがもちろん、バリバリの体育会で、練習は超ハード。1年の半分は滋賀・琵琶湖で練習。大津市内で合宿を張っていたという。大学3年時、40秒間で回転したり様々な技を15種類ほど披露し、その難易度で得点が決まる競技「トリック」の女子団体戦で全国制覇。念願の“日本一”の称号を手にした。ただ、主将だった4年時は大会10日前に自身が「内側側副靱帯(じんたい)損傷」の大けが。それでも大会に強行出場したが、連覇は夢と消えた。

 中高時代のダンスで「つらくても表情に出さないメンタルを鍛えられた」。大学の水上スキーで「日本一の栄光も、ケガ、挫折も味わった」。アスリートとして競技者の気持ちが分かることが「選手に共感できる。相手の気持ちを考えて言葉を選ぶなど、今に生きてます」と自信を持っているようだ。

 アナウンサーを志したのは大学3年春。コロナ禍で授業はオンライン。部活動もままならず、自宅で筋トレとオンラインミーティングをする毎日だったが、母から「アナウンサーのインターン、受けてみれば?」と勧められた。それまでは「アナウンサーが会社員だとは知らなかった」というほど。アナウンススクールへも1カ月通っただけ。各放送局の試験も「周りはしっかりアナウンサースタイルで決めてきて、私1人がリクルートスーツでした」。それでも、最初に受けたMBSから早々に内定を得た。

 22年の入社後、アナウンサー研修を受ける前から「よんチャンTV」に生出演し、マリンアクティビティーを紹介する大抜擢。その後は「よんチャンTV」でフィールドキャスターを務め、今年6月からは火曜日の進行も担当。生活情報番組「住人十色」ではナビゲーターを担当する。

 一方で、サッカー・Jリーグの関西チームを紹介する番組「KICK OFF!KANSAI」でアシスタント。ゴルフの「マスターズGCレディース」「ダンロップフェニックストーナメント」でラウンドレポーターを務めるなどスポーツ中継、ハイライト番組でも大活躍。一昨年、年末年始の「高校ラグビー」のハイライト番組MCに就任。「毎年選手のプレーする姿に心を打たれています。試合に出られなかった選手、チームを支えているマネジャーらが祈るようにプレーを見つめている姿がすごく印象的。今年も支えるすべての人の思いを伝えてたいです」と意気込んでいる。

 また、「よんチャンTV」で7月に始まった火曜日の人気コーナー「よんチャン登山部」を中野広大アナと隔週交代で担当。全国各地の山頂を目指し“合宿”としてチャレンジしている。これまで10カ所の山を訪れた。長野・上高地、三重・御在所岳や六甲山系の最高峰へ。16日に放送された大分のくじゅう連山合宿は1日目に標高1200メートルに広がる盆地、湿原の「坊ガツル」を歩き回り、紹介したが、震度5強の地震が発生。震源地に近く、安全を考慮して登頂を断念。再チャレンジを願っていた。

 「玉巻(映美)先輩のようにどんな現場でもすぐになじめる空気感、安心感、信頼感のある人になりたい。日本一視聴者に近いアナウンサーになります」と目標を掲げ、また「“プレバト”とか“サタプラ”とかに出られれば、東京の家族も喜んでくれます」と夢を語った。(古野 公喜)

 ◇海渡 未来(かいと・みく)1999年(平成11年)11月21日、東京都杉並区生まれの26歳。立教大から22年4月にMBSへ入社。大学時代は水上スキー部で日本一を経験。趣味は1人カラオケ、お酒(ビール党)。特技は水上スキー、ダンス。

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