“昭和の頑固親父”だった佐藤茂富氏 「人の道」説く指導 ガッツポーズは禁止

[ 2019年8月24日 05:00 ]

19日に死去した佐藤茂富氏
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【悼む】絵に描いたような昭和の頑固親父。曲がったことが嫌いで、だらしない振る舞いがあれば、大人でも子供でも叱り飛ばす。初めての取材時、怒号が響き渡る練習を見て戦々恐々としたが、話してみればダジャレ好きでいたずらっ子のようなちゃめっ気を持っていた。この天然のツンデレに魅了され、茂富先生の周りにはいつもたくさんの人が集まった。

 56歳で鵡川に赴任した時には自らグラウンドの石を拾い、草を抜いた。「甲子園に行く」という宣言は夢物語にしか思えなかったが、その情熱は鵡川町(現むかわ町)の人々を巻き込み、小さな町に奇跡を起こした。

 「速いボールを投げろ、遠くに飛ばせ」と指導はシンプルで真っ向勝負を好んだ。武士道精神を貫く一方、力勝負のメジャーリーグに憧れを持っていた。06年春にメジャーリーグキャンプとWBCを一緒に視察し、その後も2度米国に同行させてもらった。米野球殿堂のあるクーパーズタウンを訪ねた時の無邪気にはしゃぐ姿は今でも忘れられない。

 選手に説いたのは技術ではなく、人の道だった。ガッツポーズは禁止。92年に夏の甲子園初出場を決めた時には「相手の気持ちを考えろ」と喜ぶ選手を一喝した。教え子たちは日本ハムや道高野連で活躍。その精神は北海道の野球界にしっかりと受け継がれている。(石川 加奈子)

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