【内田雅也の追球】「いいヤツ」が勝つ世界 快打・好走の阪神・サンズに見た「ナイスガイ」

[ 2020年8月16日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神10―2広島 ( 2020年8月15日    京セラD )

初回適時二塁打を放ったサンズはレッグガードを取りに来たバットボーイに声をかける
Photo By スポニチ

 アメリカでは「野球はいいヤツ(ナイスガイ)では勝てない」と言われる。昔から伝わることわざのような言葉だ。

 元は大リーグ、ブルックリン(現ロサンゼルス)・ドジャース監督、レオ・ドローチャーの言葉らしい。宇根夏樹『MLB人類学』(彩流社)で知った。1946年7月5日、ニューヨークのポロ・グラウンズ。監督メル・オットら相手のニューヨーク(現サンフランシスコ)・ジャイアンツを見て記者団に言った。

 「あの背番号4(オット)を見ろよ。ヤツほどのナイスガイはいない。ヤツらは皆ナイスガイだ。たぶん最下位で終わる。ナイスガイじゃ勝てない」

 実際はジャイアンツの選手より才能で劣る自軍選手の価値を説明するためのたとえ話だったそうだ。「いいヤツ(お人よし)では勝てない」という部分だけが一人歩きして広まった。

 相手を出し抜いてでも自分を売り込む、手段を選ばずとも勝てばいいといった考え方である。

 アメリカには「恋と野球と戦争は、どんな手を使っても構わない」といった言い方まである。

 あれは間違っているのではないか。

 というのは、15日夜の阪神殊勲者、アメリカ人のジェリー・サンズの「いいヤツ」ぶりを見たからである。

 広島・大瀬良大地の立ち上がりを攻めた1回裏1死三塁。サンズの一打は投手を強襲する先制打となった。右膝を直撃した打球は一、二塁間を抜けて右翼に転がった。この隙を見て、打者走者のサンズは二塁を陥れたのだ(記録は二塁打)。この好走塁のおかげで2死後、ジャスティン・ボーアの中前打で2点目を奪うことができたのだ。

 いいヤツらしさを垣間見たのは二塁打の直後だった。左足に装着している自打球防護のレッグガードを受け取るため二塁まで駆けつけたバットボーイの青年に「ありがとう」と言うように頭をなでるしぐさをしたのだ。

 もう一つ。3回裏1死一塁。捕手・一塁手の間に凡飛を上げた。打席近くで接触した相手捕手・会沢翼は転倒。一塁手・松山竜平は飛球を捕れなかった(失策)。この時、サンズは会沢に「ごめん」というしぐさをしていた。

 打者と捕手との接触について、広島監督・佐々岡真司は球審に「守備妨害ではないか」と抗議したほどのプレーである。サンズ自身が謝っているほどだから、守備妨害で打者アウトとなってもおかしくはない。それでも、サンズは自然と「ごめん」と謝ったのだ。

 こんなしぐさを見せる男は間違いなくいいヤツである。6回裏には勝利を決定づけるダメ押しの2ランを放って、試合後はお立ち台に立った。このヒーローインタビューでも投手の西勇輝や他の選手たちの功績をたたえる発言を繰り返していた。いいヤツぶりがにじみ出ていた。

 「正直者がバカを見るような、嫌な世の中だけどな」と、阪急や近鉄を球団創設初優勝に導いた名将、西本幸雄が語っていたのを思い出す。「真面目にコツコツとやっていれば、いつかいいことがある、報われるんだということを証明したかったんや」

 今の阪神もこうありたい。サンズのように紳士に、そして真摯(しんし)に野球をやるチームが勝つ。そんな野球界でありたい。阪神には、チームとして紳士に真摯に、プレーし、そして勝ってもらいたい。

 コロナウイルスの疫病禍に見舞われ、辛抱や我慢が強いられる社会に生きている。正直で真面目に生きていれば、いつかいいことがある。そんな希望を持っていたい。

 「いいヤツ」が勝つ世界。阪神は野球界の、そんな希望の象徴であってほしいと願っている。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

2020年8月16日のニュース