福島の母校・双葉は休校…息子が連れてきてくれた甲子園「まさかもう一度来れるとは」

[ 2019年8月10日 18:30 ]

第101回全国高校野球選手権大会 1回戦   熊本工3―2山梨学院 ( 2019年8月10日    甲子園 )

アルプス席で応援した山梨学院・栗田の父・健一さん
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 真っ赤な目から涙がこぼれ落ちた。延長12回の末、まさかのサヨナラ弾で敗戦。最後のキャッチボールを終えると、エース相沢から「ありがとう」と言われ、山梨学院の2年生捕手・栗田勇雅の涙は止まらなかった。

 「もっと先輩たちと野球をやりたかったので、悔しいです」

 打たれたのは初球の外角直球。甘く入った訳ではない。ただ「ボールでいい」という考えが伝わりきらなかった。打球がバックスクリーンに弾み、栗田はホームに座り込んだまま動けない。そんな姿を、三塁側アルプス席で父・健一さん(41)が見つめていた。

 健一さんは双葉(福島)が94年夏の甲子園に出場したときの1年生投手。福島大会は背番号20でベンチ入りしたが、甲子園はベンチを外れ、アルプス席で応援していた。初戦(2回戦)で市和歌山商に勝ち、3回戦で樟南(鹿児島)に敗戦。その後の出場はなく、母校は11年の東日本大震災で福島原発事故による避難区域にあったためサテライト校が設置され、17年に休校となった。「実際、淋しさはあります」。もう母校の応援で来ることもないと思っていた甲子園へ、長男・勇雅が連れてきてくれた。

 「まさかもう一度来れるとは思っていなかった。こういう機会を作ってくれた」。昨夏と今春、そして今夏の3回も。しかも今年センバツは、94年に敗れた樟南のエースだった福岡真一郎さん(43)の長男・大真(3年、右翼手)がいる筑陽学園と対戦(3―2山梨学院)。「春に負けたから(94年の分も)リベンジしてくれ」と話していた。その願いはかなわなかったが、栗田にはあと2回のチャンスがある。健一さんは母校の分まで応援するつもりだ。

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