原巨人独走V ファンへささぐ「優勝おめでとうございます」

[ 2012年9月22日 06:00 ]

<巨・ヤ>優勝を決めた原監督はナインの手によって胴上げされる

セ・リーグ 巨人6-4ヤクルト

(9月21日 東京D)
 3年ぶりに舞った。優勝マジック1としていた巨人は21日、ヤクルトに勝ち、3年ぶり34度目のセ・リーグ制覇を決めた。開幕当初に借金7まで背負ったが、貯金43まで積み上げた独走V。8度宙に舞った原辰徳監督(54)は現役、コーチ時代の恩師である長嶋茂雄元監督(76=現終身名誉監督)に並ぶ自身5度目のリーグVを達成した。巨人は10月17日から始まるクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージで、ファーストステージの勝者と日本シリーズ出場権を懸けて戦う。

 選手を追い、ボールを追って充血した目は次第に潤んだ。歓喜の胴上げ。愛用の眼鏡はそっと外し、ナインの手に体を預けた。両手を広げ8度、宙に舞った。現役時代の背番号と同じ回数だ。「選手をチームを代表してファンの皆さまにひと言、御礼申し上げます。優勝おめでとうございます!」。お立ち台で絶叫。大歓声が心地よかった。

 優勝を決めた一戦も、今季を象徴する、決断と自在な采配が光った。4回1死三塁で内海に今季多用したセーフティースクイズ。バントは中途半端だったが、三塁走者の亀井の好走塁で1点をもぎ取った。同点の6回も代打攻勢で好機を築き、長野の決勝打を呼んだ。

 独走V。だが道は平たんではなかった。「4番がいない。そういう状況から スタートした」。負担を承知で主将で捕手の 阿部を4番に置いた。しかし開幕10試合で2勝7敗1分け。4月22日にはV率0%の借金7まで到達した。

  踏ん切りがついた。「枢軸」と呼んだ1、3番の坂本と長野、4、5番の阿部と村田でさえシャッフル。選手の状況を見極め打線を自在に動かした。「逆にいい緊張感が出た。目的に向かってカバーし合えるチームに少しずつ成長した」。つまずきを立て直し、交流戦でセ初の優勝に導くと一気に乗った。

 原監督が「今年の戦いを象徴するシーン、試合だった」と振り返るのは、9日のヤクルト戦(新潟)。不振の5番・村田に6回1死満塁で移籍後、初の代打を送った。代打は高橋由とはいえ、村田も「予想していなかった」という非情采配。現役時代、同じような屈辱的な思いがあった。94年9月7日の横浜戦。長嶋監督(現終身名誉監督)に代打・長嶋一茂を送られた。「もちろん“まさか”と思った。でも、俺が下手だからと、そう思って練習した。(村田)修一も同じ。やらなきゃと思ったと思う。由伸が打つ、打たないは関係なかった」と打ち明けた。主砲に奮起を促し、全員でカバーし合う意識を植え付ける「勝つ。その1点だけ」の采配。信念を最後まで貫き、恩師の長嶋元監督に並ぶ5度目の優勝をつかんだ。

 「いかにきちんと選手の状態に目を光らせられるか」。今季は眼鏡姿を通した。遠近両用。関係者によれば、視力は0・7ほどと、さほど悪くはない。ファンの前では見せたくない姿でもある。「ミスターも監督の最後の方は視力がだいぶ落ちていた」と原監督。こだわりの「眼力」が勝負への覚悟の表れだった。

 グラウンド外の騒動にも屈しなかった。6月20日、過去の女性問題での1億円支払いというスキャンダルが週刊誌に掲載されることが発覚。翌21日、遠征先の長野の宿舎で事実を認めて選手にわびた。連絡を取った父・貢さん(77)は言う。「相談ていうかね。話はしたけど、辰徳は負けない。“大丈夫”だと動じることはなかった」。強い意志で3年ぶりの栄冠を勝ち取った。

 だが慢心はない。「このチームは可能性を持たせてくれる。頼もしく、逆にスリリングなチーム。もうひと山、ふた山待っている。勢いを持って勇猛果敢に戦っていきたい」。勝利の美酒を浴び、次の戦いに向かって行く。

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