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セレッソ大阪 サクラ咲ケ

DF畠中槙之輔 初めての関西クラブで、パパス監督との師弟関係復活 ダービーの開幕戦から全開や

[ 2025年1月15日 07:00 ]

C大阪・DF畠中槙之輔
Photo By スポニチ

 C大阪の選手やスタッフが思いを語る連載「サクラ咲ケ」。今回は横浜Mから新加入したDF畠中槙之輔(29)が登場。チームは9日からアーサー・パパス新監督の下で始動し、2月14日のJ1リーグ開幕戦・G大阪戦(パナスタ)に向けて調整に励んでいる。東京Vで育ち、横浜Mで優勝も経験したセンターバックが、今季にかける意気込みを語った。

 初めまして。マリノスから移籍してきました畠中槙之輔です。サポーターのみなさん、よろしくお願いします。

 僕はヴェルディに育ててもらって、町田、マリノスと関東のクラブでプレーしてきました。新しい場所で、新しいチームで、また新しい自分を見つけるためにセレッソに来ました。パパス監督から「また一緒に仕事をしたい。セレッソで優勝するために必要だ」と言ってもらえたことが一番で、自分がまだ成長したいと思っていたこと。そして、優勝したことのないクラブで優勝したい。その気持ちで移籍を決断しました。

 パパスさんとは、マリノスでの2年間、コーチと選手という近い距離の関係でした。プレーでうまくいかないことがあれば相談していました。常にサッカーに対して情熱的で。当時から求めることは攻撃的なアタッキングサッカーでしたから、そこに憧れてマリノスに移籍したこともあって、すごく楽しかった記憶があります。

 実は関西のクラブに行くっていうイメージは持っていなかったんです。不思議な感じです。ただ、東京ヴェルディからレンタル移籍で町田、そしてマリノスと近いところばかりで、遠くのクラブに出たいという思いはありました。大阪といえば、お好み焼きやたこ焼きですが、僕はうなぎですね。関西風が大好きなんです。こっちは本場なので、うなぎ屋さんは楽しみにしています。家族も大阪に来ます。子供は幼稚園児ですが、いろんな環境にもまれた方が人生に深みが出ると思うんです。横浜のみんなから「おまえ、絶対に関西弁しゃべるな。エセだから」って言われています。でも、マリノス戦の前に「まいど~!」って声をかけたいですね。関西弁、覚えなきゃいけないです。

 最後に、関西ダービーが開幕戦です。僕がマリノスで19年にJ1リーグで優勝した時はガンバ大阪が開幕戦の相手でした。しっかり勝って優勝できたので、その時と境遇が似てるかなと思っています。サポーターのみなさん、1年間は長いシーズンです。うまくいく時もあれば、うまくいかない時もたくさんあると思います。でも、セレッソファミリーが一つになって戦えば苦しい時期を乗り越えられると思いますし、選手もより力を出せます。最後まで一緒に戦いましょう!

 ◇畠中 槙之輔(はたなか・しんのすけ)1995年(平7)8月25日生まれ、横浜市出身の29歳。小1の時、横浜すみれFCでサッカーを始める。東京Vジュニア、同ジュニアユース、同ユースを経て14年にトップ昇格。16年に町田に期限付き移籍し、18年シーズン途中から横浜Mに完全移籍。翌19年にJ1リーグ優勝。19年3月のボリビア戦で日本代表デビュー。1メートル85、83キロ。利き足は右。

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