「最後の一作」構想もあった…藤子不二雄Aさん「現実を相手にしなきゃ人間は成長しない」

[ 2022年4月8日 05:30 ]

本紙インタビューに答える藤子不二雄Aさん。「ゴルフ好きベジタリアン」と語る。
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 【岩田浩史・スポニチ文化社会部デスク 藤子不二雄Aさん悼む】明るい子供向けから人間の暗部も描く大人向けまで、幅広い作風で知られた藤子不二雄Aさん。人間好きで、多くの人と交流し、観察し、体験したことを漫画にする人だった。近年はペンを握らなかったが、ひそかに「最後の一作」の構想を温めていた。

 2015年にエッセー漫画「PARマンの情熱的な日々」を休載して以降、ペンを握ることはなかった藤子Aさん。一時はかなり体力が落ちていたと聞くが、その後は「驚異的な回復ぶり」(出版関係者)で、大好きなゴルフを楽しむだけでなく、公の場にたびたび姿を見せていたから、あまりに突然の死に驚いた。

 最後に取材したのは2020年末。「もう1作、漫画を描きたい」と話していた。「タイトルも決めている」との力強い語り口に、こちらが身を乗り出すと「でもナイショだよ」とちゃめっ気たっぷりにかわされた。内容は「戦後の日本を支え、日本の高度成長を引っ張ってきた世代を元気づける痛快な漫画」。主人公が「パワフルな老人」というところまで決めていた。漫画連載が可能な体力が戻ったかは自信がないようで「描けるかなあ」と何度も繰り返す姿に、冷めることのない漫画への情熱を感じた。

 当時86歳。その気力の源は何だったのだろう。今思えば「ミーハー」な性分だったのではないか。「音楽番組などはよく見る方」と芸能人に詳しく、実写版「怪物くん」の主役に嵐の大野智が決まった際も「あの大野君が?と驚いたし、うれしかった」と楽しそうに振り返った。

 興味の対象は、市井の人々にも及ぶ。川崎市の自宅から小田急線で、スタジオのある新宿まで40分かけて通い続けた数十年の間、前に座る人を毎日観察し続けていた。その人の仕事や家族構成、住所まで広がる妄想は、漫画のネタにもなったという。「人を見て、会ってキャラを作るのがモットー」。お酒やゴルフ、多くの友人と“大人の遊び”を楽しむようになると、徐々に藤子・Fさんとの作風は離れていった。

 妄想に自身の体験を交え、人の暗部まで描くのが藤子A流。「こうすれば読者がリアリティーを感じてくれる」と公言していた。それだけに最近の電車の風景に「今はみんなスマホをのぞき込み、ゲームか何かをしている。仮想世界じゃなくて、現実を相手にしなきゃ人間は成長しないと思う」と話していた。

 漫画連載を休んでも、コロナ前は毎日、電車で通勤し続けた。取材では「久々に新宿に来た」と笑顔を見せながらも「今は電車も乗らないからなぁ」と退屈そうだった。

 コロナ禍が明け、思う存分に人と会い、話せる日々を誰より待ち望んでいたのではないだろうか。そのときは「痛快老人漫画」を描く気力も湧いているかもしれないと期待していたが、かなわぬ夢となってしまった。

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2022年4月8日のニュース