【内田雅也の追球】「新しい人」の個性 阪神新人左腕・伊藤将が見せた投球術

[ 2021年4月1日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2ー4広島 ( 2021年3月31日    マツダ )

<広・神>3回1死一塁、菊池涼の時に一塁にけん制を投げる伊藤将 (撮影・奥 調)
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 きょう4月1日は旅立ちの日である。多くの若者が社会人となる。職種は違えど、皆、プロフェッショナルの世界に飛び込んでいくわけだ。

 作家・伊集院静が2000年以降、毎年4月1日付のサントリー新聞広告で新社会人へのメッセージを書いている。著書『大人の流儀』(角川書店)シリーズにも掲載されている。

 <新しい人よ。個性を失うな。>と一昨年の文にあった。世界は新しいやり方、ゆたかさ、喜びを求めているとして<君の、君だけにしかない個性がそれを実現させるんだ。反対されてもかまわない。笑われたってイイ。社会は、会社は、職場は、その新しい力を求めているんだ>。

 阪神新人の伊藤将司はそんな多くの新社会人よりも一足早くプロデビューを果たした。初登板、初先発。5回2失点は十分合格である。

 毎回の8安打を浴びながら粘りに粘った。1メートル78と大きくない。直球は速くて140キロそこそこだ。多彩な変化球を低めに集めて打ち取る。150キロ剛球が全盛のいま、遅い球に個性が光る。

 何より巧みな投球術がある。グラブをはめた右腕を大きく天に掲げるフォームが特徴的だ。一方で、投げる左腕は後方に小さくテークバックし、しかも体の真後ろに引いて打者には見えづらい。大リーグで「ショート・アーム」(短い腕)で呼ばれる形で、打者はボールの出どころが分かりづらい。「スニーキー」なフォームだ。元は「ずるい」といった意味の形容詞で、ノーラン・ライアンも『ピッチャーズバイブル』(ベースボール・マガジン社)で紹介している。<前の腕、手首、そしてグラブは体の前面にあること。そうすれば、打者からは球離れの位置が見にくくなる。これは「スニーキー・ファスト」と呼ばれるテクニックである>。

 そして、回の先頭はすべて打ち取った。3回裏は得意のけん制で走者を刺した。走者一塁でも大きく右足を上げて投げる。クイック投法はなくとも、このけん制で走者を足止めする。新人とはいえ、大学、そして社会人でもまれてきた24歳は老練の味も備えていた。

 緊張や興奮、喜怒哀楽を表情に出さない。肌寒いナイターでも半袖アンダーシャツで、むきだしの細腕に闘志を見た。

 生まれ育った千葉県山武郡横芝光町は九十九里浜に面した町だ。隣の九十九里町には元監督、GMの故・中村勝広の実家がある。小中学生時代、指導した清宮清一は中村と成東高野球部で一緒だった。「天才だと思ったよ。きれいなフォームでね。カツ(中村)と同じタイガースに入ったのも何かの縁だと思う」。期待に応える投球だった。

 痛恨は4回裏。2死無走者、1ボール2ストライクと追い込みながら会沢翼に二塁打、投手の床田寛樹に初球を二塁打された。「あと1人」「あと1球」からの失点でプロの厳しさも味わった。

 2―2同点で降板し、先輩投手が相次いで本塁打を浴びる光景をベンチから見た。1球の怖さを知ったことだろう。

 <君の個性が、自分だけがイイという品性のない卑しいものではないと信じている>。

 チームのため、誰かのため……もちろん、伊藤は分かっている。=敬称略=(編集委員)

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2021年4月1日のニュース