不滅の18連敗 亡き近藤監督の怒りから学んだこと

[ 2019年4月18日 10:30 ]

ロッテ監督時代の近藤昭仁氏
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 気性の激しい人だったが、野球記者として「覚悟」を持つことを学ばせてもらった。決して美談ではない。3月27日に敗血症性ショックのため80歳で死去した元横浜(現DeNA)、ロッテ監督の近藤昭仁さんとの苦い思い出だ。1998年にプロ野球記者に初めてなったが、プロ野球ワースト記録の18連敗を喫したロッテの担当だった。

 16連敗を喫し、神戸でオリックスとの試合を迎えた。その日の本紙1面は「近藤監督解任」。当然のように、指揮官を激怒させた。大挙して押し寄せた100人近い報道陣の前で呼び出された。

 「誰がそんなこと言ってるんだ。おまえは人を殺す気か!」

 怒りで唇は震え、サングラス越しであっても、その目は怖かった。新米記者が書ける原稿ではなく、近藤監督も分かっていたはずだ。しかし、怒りの矛先は担当記者の私に向けられた。申しわけない思いが募ったものの、謝るわけにもいかない。多くの報道陣の前で激しく叱責されたことへの悔しさも募った。

 絶対に後任監督を探し当てる。そう、心に誓った。連敗が18で止まって再び平穏な日々が訪れたが、試合を取材することは減った。重光武雄オーナーの自宅やロッテ本社に行ったり、球団関係者への取材。夜討ち朝駆けの日々だった。山本功児2軍監督が昇格すると分かったとき、数カ月の苦労が報われた気がした。

 プロ野球の世界。監督は勝てば官軍、負ければ地獄である。こちらも監督が辞めることは大きなニュースであり、他紙に先を越されるわけにはいかない。たとえ良好な関係を築いていても、勝てなければ監督人事に発展する。それを最初に思い知った。この教訓はその後に生かされている。

 近藤監督にはベンチで隣りに座らせてもらい、チームのことや昔話もよく聞かせてもらった。連敗中のときだった。千葉マリン(当時)に広がる青空を見ながら「今日は天気がいいな。海はすぐそばだろ。一緒に見に行こう。いや、今はまずいか…」と言って苦笑いしていた。「解任報道」によって、実現することもなかった。近藤監督が辞めた後、球場の外にある海を見に行った。晴れやかな空だったが、心が晴れることはなかった。(記者コラム・飯塚 荒太)

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