橋本聖子五輪相 当初固辞も新会長受諾の意思 組織委混迷人事、18日決着へ

[ 2021年2月18日 05:30 ]

衆院予算委を終え、記者団に囲まれる橋本五輪相(中央)
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 東京五輪・パラリンピック組織委員会は17日、辞任を表明した森喜朗会長(83)の後任を選定する「候補者検討委員会」の第2回会合を都内で行い、橋本聖子五輪相(56)に候補を一本化した。夏冬計7度の五輪出場の実績、政治経験などが評価された。スポニチ本紙の取材では、橋本氏は受諾する意思を示している。森氏の女性蔑視発言から始まり、混迷した後任人事はようやく決着。18日に開かれる理事会を経て橋本新会長が誕生する見通しだ。

 橋本氏はこの日夜、報道陣に「人事に関わることであり、私からは申し上げることはありません」と語った。この日朝も「(打診は)全くありません」と否定していたのが一変。緊張したような表情は大役を引き受ける覚悟にも見えた。

 午前10時から開かれた候補者検討委員会はわずか1時間半で終わった。委員会の構成は、組織委名誉会長の御手洗冨士夫キヤノン会長(85)を委員長に、JOCの山下泰裕会長(63)、組織委理事でオリンピアンの荒木田裕子氏(67)ら8人。山下氏や組織委の小谷実可子スポーツディレクター(54)も有力候補とされたが、全会一致で橋本氏に決まった。しかも、ほかの候補者の名前は一切挙がらなかったとの情報もある。国際的な知名度や組織運営の調整力など、16日に公表された5項目の観点に合致し「女性蔑視問題が発端だけに、女性であることも大きかった」(組織委関係者)という。

 会合終了後、御手洗委員長は橋本氏の意思を電話で確認。本紙の取材では、衆院予算委の午後の部開始直前の午後0時50分ごろ、橋本氏が議場を出て神妙な表情で電話をしている姿が目撃されている。関係者によると「五輪相という立場を熟考し受諾へ前向きな意思を示した」という。

 元々、新会長の最有力候補。森氏の女性蔑視発言で批判が高まる中、菅義偉首相は橋本氏の「若さ」「女性」「アスリート経験」を評価。橋本氏が固辞し続けても押し通した。

 橋本氏が固辞してきた理由は2つ。一つは懐事情。国務大臣は公益法人の役職の兼務が禁じられており、会長に就任すれば五輪相を退く必要があり、参院議員の辞職も迫られる可能性がある。月額200万円といわれる会長職の報酬は役目を終えれば止まり、来年夏の参院選で議員復帰したとしても無収入の時期が生じる。6人の子供の多くは成人しているとはいえ将来に不安を持つのは当然で、水面下の打診にも「お金の問題」を理由に固辞していた。もう一つはセクハラ騒動。2014年の冬季ソチ五輪閉会式後の打ち上げパーティーで、フィギュアスケート男子の高橋大輔(34)に抱きついてキスを強要したなどと報じられた。

 菅首相は「金銭面と議員復帰の保証」(与党関係者)を約束。本人も受諾したことで「聖子一択」となった。セクハラ騒動は「問題なし」と判断されたが「ハラスメントは海外では一発アウト。IOC(国際オリンピック委員会)も不問とはいかないだろう」(JOC関係者)。18日に行われる3回目の検討委などを経て、その後の理事会で正式に会長に選出されるが、一抹の不安は残った。

 【橋本 聖子(はしもと・せいこ)】
 ☆生まれ 1964年(昭39)10月5日生まれ、北海道出身の56歳。
 ☆名前の由来 東京五輪の直前に生まれたため、聖火にちなんで「聖子」と名付けられた。3歳からスケートを始める。
 ☆経歴 83年に駒大苫小牧高を卒業し、富士急行に入社。
 ☆競技成績 84年サラエボ大会にスピードスケートで冬季五輪初出場。92年アルベールビル大会女子1500メートルで冬季五輪日本女子初の銅メダルを獲得。夏季の自転車と合わせて日本女子最多の五輪出場7回を誇る。競技引退後はJOC理事に就任し、10年バンクーバー五輪、14年ソチ五輪では選手団団長。日本スケート連盟会長、日本自転車競技連盟会長も担当した。
 ☆政治活動 95年に参院選で初当選し、国会議員として96年のアトランタ五輪に出場。その後は男女共同参画担当相、女性活躍担当相などを歴任した。
 ☆東京五輪との関係 東京五輪招致に招致委員として貢献。19年9月から五輪相。

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