こだわり旬の旅

【静岡市】“西郷どん”を動かした男 山岡鉄舟ゆかりの地を巡る

[ 2018年10月2日 18:04 ]

鉄舟寺の境内にある鉄舟の座像。凜(りん)として迫力たっぷりだ
Photo By スポニチ

 NHK大河ドラマ「西郷どん」で人気の西郷隆盛。勝海舟との会談で幕末の江戸無血開城を実現させたが、無血開城への道を開いたのが静岡市(駿府)で西郷と会見した剣術家で政治家の山岡鉄舟だ。鉄舟は勝の命を受け西郷と事前交渉したもので、会見の地には記念の碑が建てられている。幕末維新から150年。歴史を動かした鉄舟ゆかりの地を訪ねた。

 東海道新幹線静岡駅から徒歩約8分。西郷と鉄舟の会見の地は意外なところにあった。地元ショッピングビルのすぐそばで、商人ともいわれた松崎屋伝兵衛宅跡地。2人のレリーフがあしらわれた会見の碑が建っているが、周囲は人や車の往来が激しく、注意深く歩かなければ見逃してしまいそうなほどだ。

 レリーフの下に彫られた解説や歴史書などによると、1868年(慶応4)3月9日、旧幕臣だった鉄舟は勝の指示のもと、西郷と会見。強硬な西郷を説き伏せるなどして、徳川慶喜の処遇をはじめ、江戸城の明け渡し、幕府の軍艦・武器の引き渡しなどを合意。5日後の勝・西郷の会談を経て、江戸無血開城が実現した。後に西郷は鉄舟について「命もいらぬ、金もいらぬ、名誉もいらぬ、という人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と称賛したという。

 まさに鉄舟の熱意で、静岡で決まったといっていい江戸無血開城。そんな思いであらためて会見の碑の前に立つと、とてつもなく大きなものに見えた。

 鉄舟の熱い思いはその後も変わらず、同年冬、静岡に移り住み静岡藩権大参事(副知事相当)に就任。静岡に無禄移住した旧幕臣たちの支援に当たると同時に尽力したのが鉄舟寺の再興だ。

 JR東海道本線清水駅からバスで約20分の高台に位置する鉄舟寺は、もとは久能山東照宮と同じ久能山の山頂にあって、「久能寺」と呼ばれた。武田信玄によって現在の地に移されたが、明治に入り廃仏毀釈の中で住職もいなくなるほどに衰退。鉄舟はこれを惜しみ、1983年(明16)、再興を願って全国から寄進を公募したという。

 だが、鉄舟は寺の完成を見ることなく1888年に53歳で死去。信仰心の厚い清水の漁商・芝野栄七が鉄舟の意志を引き継ぎ、本堂が1910年に本堂が完成。「鉄舟寺」として蘇った。

 堂内には鉄舟の書跡の遺品が数多く残され、境内には鉄舟の歌碑「晴れてよし曇りてもよし不二の山 もとの姿はかはらけり」が富士山に向かって建ち、08年(平20)に建立された52歳の鉄舟座像も。その姿は凜(りん)として、西郷との会見をしのばせるような迫力に満ちていた。

 ▽行かれる方へ 車は東名道静岡ICから約10分。鉄舟寺の拝観料300円。問い合わせは静岡市総合観光案内所=(電)054(253)1170、鉄舟寺=(電)同(334)1203。

続きを表示

この記事のフォト

バックナンバー

もっと見る