【アニ漫研究部】命の誕生描く「コウノドリ」鈴ノ木ユウ氏「もう漫画は描きたくないと思ってたけど…」

[ 2022年10月8日 09:30 ]

「コウノドリ」の作者、鈴ノ木ユウ氏
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 人気アニメの声優や漫画家に作品の魅力、イチオシ場面を聞く「アニ漫研究部」がスタートします。第1回は出産の現場を描く、人気漫画「コウノドリ」の鈴ノ木ユウ氏。講談社の漫画誌モーニングで2012年に始まった同作は綾野剛(40)主演で2度ドラマ化されるなど人気を博しつつ、20年4月に連載終了。だが、今年4月から「新型コロナウイルス編」として再び短期連載で復活した。再開に至る葛藤と、鈴ノ木氏の不思議な漫画家人生を前後編の2回でお伝えします。

 新型コロナウイルスが広がり始めた2年前の春、鈴ノ木氏は7年半にわたる「コウノドリ」の連載を終了した。そして再びペンを握り、作品を発表するのに2年の月日を要した。

 「週刊連載は本当に激務。もう漫画は描きたくないと思っていました。何もやる気が起きなくて。スナックでもやろうかな…夫婦で喫茶店やるのもいいなと考えていたくらいで。妻には『バカ言ってないで漫画を描けば』と言われていました。そうだよね…とは思ってたんですが」

 出産に焦点を当てた医療漫画「コウノドリ」。命を扱う現場を取材し、描いてきた7年半。その疲れからか、漫画家引退の可能性も視野に入っていたのかもしれない。だが、物語は思わぬ形で再開することになる。きっかけはデルタ株が猛威を振るった昨年8月、大学の課題で取材に訪れた2人組だった。

 「何か描かなくちゃ…と思いつつ、疲れるしなあ…と揺れていた頃でした。仕事場を訪れた2人に『次はどんな作品を描くんでしょうか』と聞かれたんです。僕、しばらく人と話していなかったのでテンションが上がっちゃったのかなぁ。一応格好をつけなくてはと『コウノドリの新型コロナ編でも描けたらいいですね』と言ってしまったんです。そしたら同席していた担当編集者に『いつ描きます?』って詰められて(笑い)

 きっかけは思わず口から出た一言だが、それはコロナ禍の2年抱えてきた思いだった。

 「コウノドリで新型コロナを描くという発想は、休んでいた間にもどこか頭の片隅にはあったんだと思います。本編の連載を続けていたら、恐らくコロナを描いただろうなとは薄々考えていました。モーニングでも『島耕作』や『グラゼニ』が取り入れて描いていた。漫画で描くのは架空の世界だけど、現実に起きているコロナを取り入れて、さすがだなと思っていました」

 デルタ株による感染拡大が落ち着いた昨年11月、鈴ノ木氏は、これまでも取材してきた大阪・りんくう総合医療センターの荻田和秀医師のもとを訪れた。主人公・鴻鳥サクラのモデルとされる人物だ。「コロナ編」連載の準備に入ったが、間もなくオミクロン株が広がり始める。

 「ちょうどデルタ株による感染拡大が終わった頃で、そこまでを1巻として終わりにしようと思ったんですけどね。ネーム(原稿のコマ割りやセリフまで書き込んだ設計図)もそこまでは切れたんですが、オミクロン株が広がり始めるし、まとめ方が難しくなりました」

 新型コロナは未知の部分が多く、常に変化していくウイルス。漫画で描く難しさがあった。

 「まだコロナには『これが正解』というものがないですから。感染拡大が始まった時も、漫画を描いている時も」

 「コロナ編」の序盤では感染妊婦の分娩を巡り、主人公たちが帝王切開を選択する。お産時のいきみによって、飛沫や接触で感染するリスクを減らすためだ。症状の悪化前に出産し、分娩自体を早く終わらせれば、リスクを減らせるとの判断だった。ただ、生まれたばかりの子供と母親は隔離され、それぞれ一人ぼっちとなる。産後の妊婦はただでさえ不安定で、ナーバスになる例が多いとされる。主人公サクラたちは、迷いながらも妊婦の隔離解除を待ち、陣痛が来なければという前提で経膣分娩を選択するようになる。生まれたばかりの子供と、母親が離れ離れになることを避けるためだが、感染防止の観点からベストな選択かは分からない。

 「僕の描いた『コロナ編』が正解かどうかは分からない。10年後20年後に『あれは間違いだった』と言われるかもしれないと思って描いた。その時その時、コロナという見えないものに対して、家族や医療関係者がどう対峙したかというのを描ければという思いで描きました」

 それは「コウノドリ」本編の連載開始当初から描き続けてきたテーマでもある。

 「過去の症例や医学的な情報に間違いがないよう取材してきましたが、家族の選択や思いがドラマとして描きたいと思ってやってきました」

 その原点は2008年、鈴ノ木氏が35歳で立ち会った長男の誕生での感動。

 「妻が死んじゃうかもしれないと怖かったし、出産ってこんなに大変なんだと分かった。息子を初めて見たとき、血などで汚れてて『ドラマとは違うな』と思ったけど、抱っこしたときは人生で一番うれしかった。それまでの人生も大学合格とか、音楽事務所と契約できたりとか、いろいろうれしいことはあったはずなんですけどね」

 当時の鈴ノ木氏は「売れないミュージシャン」を辞め、ラーメン店と牛丼店のバイトを掛け持ちしていた。漫画家を目指した時期もあったが、出版社からは足が遠のいていた時期だという。

 次週は異色の漫画家の半生と「コウノドリ」誕生までを語る。

 ◇鈴ノ木ユウ(すずのき・ゆう)1973年(昭48)生まれ、山梨県出身。大学卒業後、ミュージシャンとしてバンド活動やソロ活動を経て、2006年から漫画家を目指す。10年に第57回ちばてつや賞で「えびチャーハン」が入選し、モーニングでデビュー。「コウノドリ」は12年からの短期集中連載を経て、13年から通常連載に。同作で16年の講談社漫画賞・一般部門を受賞。週刊文春で今年4月から司馬遼太郎原作の「竜馬がゆく」も連載中。

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