阪神・金本監督 星野氏へ…弔辞全文「今年必ず優勝する」

[ 2018年3月29日 07:50 ]

桜の咲く広田神社を参拝する金本監督
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 プロ野球の中日、阪神、楽天で監督を務め、1月4日に70歳で死去した星野仙一氏の「お別れの会」が28日に大阪市内で開かれ、阪神・金本知憲監督(49)が涙ながらに弔辞を読んだ。30日に巨人との開幕戦を控え、「ウイニングボールを墓前に供えに行きます」と天国に旅立った恩師に13年ぶりリーグ優勝を誓った。

【弔辞全文】

 星野さん。

 まずタイガースに呼んでいただいて、本当にありがとうございました。いまだにこうして写真を見るだけで涙が止まらない日が続いています。広島出身の僕を、地元の広島でプレーしている僕を、本当に強引にタイガースに呼んでいただき、そのおかげで2003年、あの感動の優勝を味わうことができました。本当に阪神ファンを喜ばせたいという星野さんの思い、星野さんを胴上げしたいという思いと、ただそれだけでひたすらに頑張って勝ち取った優勝だと思っています。

 僕と星野さんは1年しか一緒にプレーしていませんが、僕がその後、タイガースで選手を続けていても、常にけがをした時は「大丈夫か」、フルイニングが途切れた時も「今からが大事だ。おまえの姿、振る舞いをみんなみているから」と電話をしてくださいました。引退する時も電話をいただいて、「まずはゆっくりしろ」と。「すぐにユニホームを着ろ」とアドバイスをいただきました。

 私が監督の要請をされた時にかなり迷っていて、どちらかといえば消極的だった自分ですが、「とにかく、やれ」「チャレンジしろ」と。「俺でもできたんだから、おまえでもできる」と。何度かお電話でそういうやりとりをしました。最後は選手時代のFAのときと同じように半ば強引に「やれ、ユニホームを着ろ」の一点張りでした。

 そして、僕が監督に就任してからも、楽天の副会長をされている立場でありながら、常に心配してくれて、チーム作りのアドバイスをしてくれたり、褒めてくれたり、マスコミを通じてすごくサポートをしていただきました。最後に会ったのは殿堂入りのパーティーの時ですが、常に「どうだ。どうだ」「あの選手はどうだ?使えそうか?あとどれぐらいかかりそうだ?」とかずっとそんな話ばっかりです。

 何とか星野さんの期待に応えられるように私も阪神の監督としてタイガースで強いチームを作っていきたいと思います。僕と星野さんとの間の3つ目の夢であるタイガースでの優勝。1つ目の夢は、2003年、僕がタイガースにきて星野さんを胴上げするという夢はかないました。2つ目の夢は何とか楽天で日本一になってほしい。中日とタイガースで成し遂げられなかった日本一、日本シリーズでの優勝を達成してほしい。これが2つ目の夢でした。先ほど言いましたように3つ目の夢が僕がタイガースで優勝して、胴上げしてもらうところを星野さんに見てほしかったです。もうそれはかなわぬこととなってしまいましたけど。どうしてもまた、優勝して「よくやったな」という言葉をやっぱり…かけてほしかったです。

 今年選手たちとともに頑張って必ず優勝しますので、天国から「よくやったな」という言葉をかけてください。そして、ウイニングボールを墓前に供えにいきますので、待っていてください。本当にタイガースに呼んでいただいて、ありがとうございました。島野さんとともにタイガースを応援してください。以上で私の弔辞とさせていただきます。

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