中央学院・相馬監督が初甲子園で感じた「壁」 聖地で勝つために必要なこと

[ 2018年3月27日 09:45 ]

<第90回選抜高校野球大会>握手する明徳義塾・馬淵監督(右)と中央学院・相馬監督
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 天候にも恵まれ、接戦が多く展開されている90回記念の選抜高校野球大会。中でも明徳義塾―中央学院は逆転サヨナラ弾で決着する劇的な幕切れだった。

 中央学院を率いる相馬幸樹監督は「最後の1球までわからない。野球は2アウトから。勉強になりました」と悔しさを押し殺すように振り返った。

 普段は淡々と静かに練習を見守っている印象の相馬監督だが、その一方で野球をこよなく愛し、勝つために必要なことは何かといつも考えを巡らせていると感じていた。だから、初戦を迎える前から何か相手の意表を突く手を打つのではないかと思っていた。それが昨秋の4番・大谷の1番起用だった。「中央学院にとって初めての甲子園を勝ちたかった。馬淵監督はいろいろ調べていらっしゃるようだったし、大谷を1番に置くことで少しでも考えさせたかった」。38歳の指揮官にとっても初めての甲子園。通算50勝目に王手をかけていた名将・馬淵史郎監督と甲子園という大舞台の中で、必死で勝ちにいった。8回1死満塁で長沼にスクイズを指示したのも「とにかく強気で、攻めて攻めようと」。結果的には失敗したがそこから適時打が続き、逆転に成功。「長沼がよく当ててくれたからこそ、その後にヒットが出た」と称えた。

 入念に相手打者も分析。特に遊撃・平野は芝と土の境目くらいまで深い守備位置をとることがあったが、これも徹底した分析のたまもの。平野は「データはばっちり当たっていた」と感謝した。

 大会前、大体大時代の恩人で14年に白血病で死去した元大体大浪商高野球部監督・金藤晃裕氏の墓前を訪れ、必勝を誓った。大体大は高校と大学がグラウンドを交互で使用するなど親交が深く、大学生だった相馬監督に対し、当時高校の監督だった金藤さんは「親族が千葉に住んでいるから何かあれば頼れ」と若き指揮官を応援していた。天国の金藤監督のためにも絶対勝ちたかったに違いない。

 明徳義塾戦後は「明徳の壁というより甲子園の壁を感じた。ビギナーズラックでは勝てない。2、3度経験を積んでいかないといけない場所」とつぶやいた。100回目となる今夏甲子園へのがい旋をまた、見てみたいと思った。(記者コラム・松井いつき)

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