席亭の伊東四朗が引き出したご機嫌なステージ

[ 2022年9月11日 14:45 ]

昭和歌謡談義で盛り上がる柳亭市馬(左)と伊東四朗
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 【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】高倉健さんは自ら名乗る時、必ず「映画俳優の」を頭に付けた。銀幕スターとしての矜恃(きょうじ)を感じたが、この人も「喜劇役者」もしくは「喜劇俳優」と、「喜劇」の2文字にこだわりを持ち続ける。舞台、映画、テレビ、ラジオと内容の硬軟問わずに幅広く活躍する伊東四朗(85)だ。

 7月と9月、自ら席亭を務めて「ニン!ぎょう町 あたし寄席」を開催した。落語をこよなく愛する伊東と当代人気の噺家(はなしか)たちのコラボ企画。伊東の希望で実現した組み合わせはどれも豪華で、落語とトークショーの構成で観客を魅了した。

 7月の公演には春風亭昇太(62)、笑福亭鶴瓶(70)、柳家三三(48)が登場。昇太とは「伊東四朗一座」の舞台で何度か共演しており、鶴甁とはかつて打ち合わせ無しの即席漫才を披露した仲。三三は2007年公開の映画「しゃべれどもしゃべれども」(監督平山秀幸)で今昔亭小三文を演じた伊東の指導係を務めた次代の名人候補だ。

 「落語をしゃべるシーン。どうせちょっとしか使われないだろうと思っていたら、平山監督が一席丸々覚えて欲しいと言う。それで『火えん太鼓』を覚えましたよ。それを新宿末広亭で一生懸命しゃべりました。撮影は深夜で、お客さん役の人も大変だったと思いますよ。でも映画を見たら、やっぱりほんのちょっとしか使われていませんで…」

 伊東はこんなふうに話して笑わせたが、五代目古今亭志ん生も十八番にした、あの「火えん太鼓」は実に堂に入った見事なしゃべりだった。

 9月には柳亭市馬(60)、春風亭一之輔(44)、桂宮治(45)がゲスト出演。東京都中央区の日本橋公会堂。公演タイトルの「ニン!ぎょう町」が示すように人形町がそばのホール。1日の昼の部、落語協会会長を務める市馬がゲストで登場したが、楽しいステージが展開し、「このまま時が止まって欲しい」と思ったほどだ。

 社団法人日本歌手協会の会員でもあり、08年に「山のあな あな ねぇあなた」でデビューも果たしているプロ歌手の市馬。得意の歌がふんだんに入るネタ「掛け取り」を前半にかけ、中入り後は「粗忽の釘」でご機嫌をうかがった。

 そして合間に設けられた目玉のトークタイム。文化放送の水谷加奈アナウンサーが進行役を務め、「お互い昭和歌謡が好きなんだヨ」と題して伊東と歌謡談義に花を咲かせた。

 「小学校の遠足で『哀愁列車』を歌いましてね。先生たちが喜んで、ノートをもらったりしました」と市馬の早熟ぶりに埋めた観客も爆笑。「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」のエピソードに伊東も感心しきりだった。

 8月27日に93歳で亡くなった三遊亭金翁師匠との秘話も披露。「うちによく電話がかかってきました。鼻歌でメロディーを追いながら“これ、なんていう曲だったっけ?”と」「師匠、それは松平晃の『小鳥売りの歌手』(39)じゃないですか?と返すと、“おお、そうだ”と喜ばれましてね」と、大先輩をしのんだ。

 三橋美智也、春日八郎、田端義夫、渡辺はま子らレパートリーは底なし。「いま入ってくる弟子たちは東海林太郎も知らないし、忠臣蔵も詳しくないから三波春夫さんの名曲『俵星玄蕃』を歌ってもなかなか(理解してもらうことが)難しくなってきています」と本音も口にして、ちょっぴりさみしそうな顔ものぞかせた。

 伊東もラジオの企画で94年に歌手デビューしている。「西口物語」という曲で「作詞が星野哲郎さんで、作曲が市川昭介さん。すごいでしょ」とニンマリ。昭和歌謡の話題は尽きることなく、2人で「丘を越えて」の45秒もあるイントロをデュエットしたりして盛り上がった。

 「こういう場を設けていただいてとてもありがたく思います」と、市馬がしみじみ話したように、ずっと一線で喜劇の世界を引っ張ってきた伊東へのリスペクトと感謝の気持ちがにじみ出た約2時間半。「落語は人が出ます。芸は人なり」と伊東も話して、ジョイントを満喫していた。この「あたし寄席」、不定期で構わないから今後も続けて欲しいと思ったのは筆者だけではないだろう。

 先の話になるが、伊東は来年7月21~30日まで東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演される「その場しのぎの男たち」に客演することも決まっている。佐藤B作(73)主宰の「劇団ヴォードヴィルショー50周年記念公演」で作・三谷幸喜、演出・鵜山仁の名作。鬼がいくら笑おうが、今から来年が待ち遠しい。

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2022年9月11日のニュース