【内田雅也の追球】「奇跡」と「希望」の日々 多くのファンに支えられた阪神の使命

[ 2022年7月25日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神1―0DeNA ( 2022年7月24日    甲子園 )

<神・D>5回、桑原の左前打を内野に素早く送球する大山(撮影・平嶋 理子)
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 「阪神ファンは観戦ではなく参戦」と言ったのは経済学者、国定浩一である。著書『阪神ファンの経済効果』(角川書店)にある。負けても負けても応援する姿勢は「阪神の勝敗に対する考え方は哲学や宗教の域にまで達している」。阪神に自分の人生を投影して生活しているわけだ。

 そんな人たちも開幕から春先、絶望感を抱いたのではないか。今年はもう終わった――といった声をよく耳にした。何しろ借金は最大で16を数えていた。優勝を期待して臨んだシーズンで、こんな負債を背負っては望みを断たれても仕方ない。

 だが、猛虎たちはあきらめていなかった。少しずつ返し、この夜の球宴前最終戦で完済をかけて戦い、1―0で勝ちきった。奇跡といっても大げさではないだろう。

 作家ジョン・アップダイクは<すべての野球ファンは奇跡を信じる。問題はいくつまで奇跡を信じることができるかである>と書いた=『ボストンファン、キッドにさよなら』=『アップダイクと私』(河出書房新社)所収=。少年少女が信じるように、ユーミンが歌うように、サンタクロースはいる。野球でも奇跡は起きる。この夜、夏休みの甲子園球場には多くの子どもたちがいた。信じる瞳が輝いていた。

 投手戦。球運も味方した。3、4、5回表のピンチではバットの芯でとらえられた快打が野手の正面に飛んだ。6回表には近本光司の美技があった。8、9回表は中堅後方への大飛球があった。

 20世紀最高の物理学者、アルベルト・アインシュタインは1905年、相対性理論など革命的な論文4本を一気に発表した。「奇跡の年」と呼ばれる。「生き方には2通りしかない。奇跡など全く起こらないように生きるか、全てが奇跡のように生きるか」という言葉を残している。
 
 奇跡はすでに目の前で起きているわけだ。希望を持って生きたい。そう人びとに思わせる戦いぶりである。それがプロ野球のあり方ではないか。多くのファンに支えられた阪神の使命だろう。

 勝率5割。あの開幕前の希望がよみがえってきた。監督・矢野燿大は「後半戦にドラマを起こす舞台が整った」と話していた。奇跡を信じて生きていきたい。そう思わせる前半戦のフィナーレだった。=敬称略=(編集委員)

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2022年7月25日のニュース