広島・正随 信念の強振でプロ初安打が本塁打 元カープ戦士の祖父が打てなかったアーチかけた

[ 2020年9月19日 05:30 ]

セ・リーグ   広島5-14ヤクルト ( 2020年9月18日    神宮 )

<ヤ・広12>7回無死、代打・正隨は右中間ソロ(撮影・小海途 良幹)
Photo By スポニチ

 広島・正随優弥外野手(24)は18日のヤクルト戦で、7回先頭の代打として、右中間席へプロ初安打となるソロ本塁打を放った。18年ドラフト6位の大卒2年目で、祖父は元広島の三原卓三さん(82)。今季最多の14失点の中、大砲候補が放った一発を希望としたい。

 正随の譲れない信念が、プロ初安打を本塁打に変えた。

 「追い込まれたけど点差もあった。変わらずに軽打ではなく、自分のスイングを貫こうと思った」

 長所は、フルスイングから生まれる天性の長打力である。4―11の7回先頭の代打として打席に立ち、カウント1―2と追い込まれながらも強振を貫くと決めていた。真ん中付近に入ってきた中沢の直球を逃さない。逆方向への打球は落ちることなく右中間席で弾んだ。

 「毎日必死なので、(初安打までが)長かった…とは思わない。これからのいいスタートにしたいです」

 18年ドラフト6位の大卒2年目。長打力が持ち味ながら、今季のウエスタン・リーグでは、106打席で1本塁打のみ。持ち味だったフルスイングは、いつしか力みに変わっていた。「構えの段階で力が入らないようにした」。脱力を意識すると、プロ4打席目に本塁打となって実を結んだ。

 祖父の三原卓三氏は、1956~59年に広島に在籍した元カープ戦士である。同氏は、プロ通算1安打。その一打は、1958年4月16日の巨人戦でのことだった。7回先頭の代打として、安原の6球目を右前に運んだ。それから62年余りの月日を経て、偶然にも孫が放った初安打は、同じ7回先頭、代打、右方向――。同氏は、正随の初昇格に「とにかく思い切ってやってこい」と電話で伝えていた。教えを守った強振は、祖父を超える柵越えとなった。

 幼少期には、何度も何度も祖父と打撃練習に励んだ。18年のドラフト6位での入団が決まると、「ずっと身近な球団だった。縁があってうれしい」と喜び、祖父は球団に直筆の手紙を送って、感謝を伝えたという。節目の記念球は、「これから考えます」と誰に贈るか熟考中。プロ初安打初本塁打が生まれるまでには、2人で紡いだ祖父と孫の物語があった。 (河合 洋介)

 ◆正随 優弥(しょうずい・ゆうや)1996年(平8)4月2日生まれ、広島県出身の24歳。小1から野球を始め、段原中では広島鯉城シニアで投手兼外野手。大阪桐蔭では3年夏の甲子園に4番・一塁で出場し全国制覇に貢献。亜大では1年春から東都リーグ戦に出場し、3年秋に外野手でベストナイン。18年ドラフト6位で広島入り。1メートル80、96キロ。右投げ右打ち。

続きを表示

この記事のフォト

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2020年9月19日のニュース