【内田雅也の追球】「地獄」のあとさき 満塁弾を浴びる前と後に出た阪神・藤浪の不安

[ 2020年7月24日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2―4広島 ( 2020年7月23日    甲子園 )

<神・広(5)>  7回途中、降板する藤浪(左)に甲子園のファンから暖かい拍手が送られる  (撮影・成瀬 徹) 
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 ともに大投手だった通算317勝の鈴木啓示(本紙評論家)や通算206勝193セーブの江夏豊からよく聞いた。

 「打者は1球で天国に上がれる。投手は1球で地獄に落ちるんや」

 親交のある両者は、そんな話をしたことがあったのかもしれない。

 好投しながら、1球の失投でフイになる。特に手痛い一発を浴びてしまった時などに投手とは辛い仕事だと思うわけだ。

 江夏豊は著書『エース資格』(PHP新書)で<投手は常にマイナス思考>として書いている。打者は<残りの7割は失敗しているのに、3割という数字が大事にされる>、一方で投手は<防御率1点台で8回までゼロに抑えても、9回にホームランを打たれて負けがつく>というわけだ。

 この夜の阪神・藤浪晋太郎は結果からすれば、この「天国・地獄論」が通じるように見える。5回まで2安打無失点。だが6回2死からホセ・ピレラに外角低め速球を反対方向(右翼席)に本塁打を浴びた。ピレラは天国に、藤浪は地獄に落ちる満塁弾だった。

 悲運のように映るが、被弾の前後がいけない。

 6回は堂林翔太、鈴木誠也の3、4番に連続四球。おかげで本塁打が一挙4失点となった。

 被弾の後もいけなかった。続投となった7回も残念だった。先頭の遊ゴロ失は確かに不運だが、続く代打・野間峻祥は送りバントの構えをしていたが、3連続ボールとストライクが入らない。結局、四球を与えた。ここで監督・矢野燿大は藤浪をあきらめ、継投に出たのだった。

 被弾後の7回をしっかり抑えていれば、次回への期待度も上がったことだろう。無死一、二塁を残しての降板で、不安を残したままとなった。

 「がっくりは野球に付き物だ。問題はその後だ」と、カージナルスなどで監督を務めた大リーグの名将、トニー・ラルーサが語っている。

 藤浪はがっくりしたわけではないだろうが、制球難の課題は残ったままだった。

 対戦した打者のべ27人のうち、カウント2ボール―0ストライクと2球ボール先行したケースが9人いた。うち3―0も4人を数える。苦しい投球が映っている。

 これでは、守る野手陣もリズムの乗れず、攻撃や試合の流れをつかめなかった。もちろん相手広島の先発、新人の森下暢仁は好投手で、簡単には攻略できないだろう。それでも、野球にはやはり攻守のリズムがある。

 「野球をはじめ、アメリカで育ったスポーツは守りからリズムを作るようにできているん」。MLBをはじめ、NBAやNFLなどに詳しかったセ・リーグ審判員の平光清から聞いたことがある。「だから、NBAではよく地元の観客が声を合わせて“ディフェンス! ディフェンス!”と叫ぶでしょ。あれは“守れば流れが来る”と分かっているからですよ」

 それでも、藤浪がマウンドからベンチに下がる際、スタンドから拍手がわき上がった。

 約1年ぶりの1軍登板だった。今春には新型コロナウイルス感染での入院生活を経験した。練習時間に遅刻し、2軍降格も味わった。

 出直しを誓ったシーズンで、1軍に帰ってきたことはたたえたい。温かいファンとともに失意の底からの復活を待ちたい。=敬称略=(編集委員)

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2020年7月24日のニュース