阪神6位は小川一平 指名唯一の大学生 球児の「投球術」継ぎ“火の国ストッパー”に

[ 2019年10月18日 05:30 ]

2019ドラフト会議 ( 2019年10月17日 )

6位指名を受けて笑顔を見せる東海大九州の小川
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 ドラフト会議開始から1時間55分後の17日午後6時55分。日の暮れた東海大熊本キャンパス内の一室で、携帯アプリで仲間と生中継を見ていた小川一平投手(22=東海大九州キャンパス)は不意に名前を呼ばれて「来たー!」と叫んだ。阪神に6位指名。外れ1位の西純矢から始まり、井上広大、及川雅貴、遠藤成、藤田健斗と昨年、今年の甲子園を沸かせた高校生スターのオンパレードが続き、6巡目に「小川一平」と初めての全国では、まだ知名度の低い大学生の指名。これで、まさかの球団の支配下指名は終了となった。

 「緊張してたんで、素直にほっとして嬉しいです。甲子園で活躍した高校生ばかりですが、プロになれば甲子園行こうが、神宮行こうが、関係ない。スタートは一緒。どうなるかは自分次第。熱いファンにも負けない、力強い球を投げる投手になりたい」。表情こそクールだが、早くも負けん気をのぞかせた。

 同大学では7人目のプロ野球選手の誕生。ただ、ここまでは波乱万丈の硬式野球人生だった。神奈川県生まれで横須賀工を卒業。最後の夏は2回戦敗退で、コーチを介して熊本県の東海大九州キャンパスを紹介された。

 練習に訪れた小川のキャッチボールを見た南部正信監督の第一印象は「細いけど腕が何か長いな。ヒョイと投げるし、野球勘はいいかも」。入部が決まり、小川も初めて熊本に足を踏み入れたが16年の入学早々に熊本地震で被災。合宿所、練習場のあった農学部のある阿蘇キャンパス(南阿蘇村黒川地区)は損壊し、ハム倉庫やビニールハウス、寮の入り口に毛布を敷いて仲間と寝た。リーグ戦辞退に加えて約1カ月間の活動休止。ソフトボール場で練習する中、腰痛を発症し、秋は思う投球はできなかった。

 それでも、素材はすぐに光った。1年冬に良化し、2年春に抑え投手として全日本大学選手権出場に貢献。1回戦の天理大戦で4番手登板し、145キロ台連発で注目を浴び、大学日本代表合宿にも参加した。

 ただ、3年春からは先発に転向したが秋に腰痛が再発し、投げられず。4年春に再起を誓ったが部内暴力などの発覚でリーグ戦の出場を辞退。4年秋まで登板数こそ少ないが、努力で直球の最速は149キロまで伸び、5種類の変化球のキレは増した。「次の試合、小川くんは投げますか?」と練習試合にまでプロのスカウト陣が視察に訪れるようになり、11球団から調査書が届いていた。

 時間があればスマホで動画を見るなど、大学時代から直球の躍動感に憧れていた藤川球児と同じ球団に決まった。「藤川さんには“何で、そんな真っ直ぐが投げられるんですか?”と質問したいし、球速よりも直球の質を求めて、10年から20年くらい長く活躍したい。どちらかというと、抑えがいいですね」。藤川の代名詞“火の玉ストレート”を学び熊本育ちの“火の国ストッパー”を目指すプランが、小川の中で少し浮かんでいた。

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