【賢介メモリーズ(4)】恩返しを胸に西武ドームで日本ハム復帰後初優勝

[ 2019年9月19日 06:55 ]

2016年9月28日、優勝を決め栗山監督(右)と抱き合って喜ぶ日本ハム・田中賢
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 今季限りで現役生活に別れを告げる日本ハム・田中賢介内野手(38)がパ・リーグの各球場の思い出を語る「賢介メモリーズ」。第4回はメットライフドームと京セラドームだ。2年間のメジャー挑戦を経てチームに復帰後、16年に初めてリーグ優勝を達成した試合、そしてチームメートのまさかの珍プレー…。思い出は尽きない。

 13年に海を渡り、2年後の15年に3年ぶりにチームに復帰した田中賢は、ある強い思いを胸に秘めていた。「もう一度、チームの優勝に貢献しなければ日本に帰った意味がない」。そして復帰2年目の16年に二塁のレギュラーとしてリーグ優勝に貢献。優勝決定試合が西武プリンスドーム(現メットライフドーム)の西武戦だった。

 「やっぱりアメリカから戻って初めての優勝を決めた瞬間が一番の思い出。少しはチームに恩返しができたかな、と思いました」

 同年のレギュラーシーズンは09年以来7年ぶりに全143試合に出場し、打率・272、2本塁打、53打点。二刀流の大谷(現エンゼルス)が二刀流で10勝&22本塁打の活躍を見せたが、百戦錬磨のベテランも勝負強い打撃と堅実な二塁守備で貢献した。142試合目だった9月28日の西武戦も「7番・二塁」で先発出場。安打も記録するなど存在を示し、グラウンドで歓喜の瞬間を迎えた。広島との日本シリーズも制して日本一を達成。最後の打者である菊池の飛球を二塁で捕球した。

 京セラドームでの思い出にはチームに欠かせないムードメーカーの「珍プレー」を挙げた。17年7月10日のオリックス戦。同年からベンチを温めることが多く、その日も二塁で先発出場したのは杉谷だった。その杉谷がT―岡田のゴロをグラブではなく足に当て、ボールは右翼のファウルゾーンを転々(記録は失策)。必死なプレーが空回りした後輩のプレーに「三塁ベンチで見ていて“サッカーかっ!”と突っ込んだのを覚えてます。ボールがファウルグラウンドのフェンスにゴールしましたから」と笑う。

 残りは8試合。19日は自身にとって最後のメットライフドームとなる西武戦が控える。スタイルは変わらない。最後の最後まで、全力で駆け抜ける。 (山田 忠範)

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