【内田雅也の追球】甦った「燃える男」――長嶋茂雄とメッセンジャーの「レガシー」

[ 2019年9月19日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3―2ヤクルト ( 2019年9月18日    甲子園 )

<神・ヤ>8回2死、一塁内野安打を放つ近本(撮影・成瀬 徹)
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 阪神・近本光司がセ・リーグ新人の最多安打記録で並んだのはあの長嶋茂雄である。「ミスター・プロ野球」だ。

 プレーを見たことがない、というファンも増えた。日本のプロ野球がここまで国民的スポーツとなったのは間違いなく、長嶋という大スターがいたからだ。それは巨人ファンや阪神ファン……といったチームの垣根を越えた、別格の存在だった。

 長嶋が新人だった1958(昭和33)年当時、セ・リーグは130試合制で、今季は143試合制だとか、153安打の値打ちのうんぬんするのは野暮(やぼ)だろう。この令和の世に長嶋をよみがえらせた近本は素晴らしい。

 長嶋はどんな選手だったか。デビューから1974(昭和49)年に現役を引退するまで、人びとの心のよりどころだった。高度成長期、懸命に働き、子を育ててきた昭和の人びとである。朝早くから仕事に出かけ、夜に疲れて帰るとナイターのテレビ画面や、翌朝の新聞に長嶋はいた。皆、明るくて、頑張り屋で、勝負強い長嶋に力をもらっていた。

 サトウハチローが『長島茂雄選手を讃(たた)える詩』を書いている。当時の表記は「長島」だった。

 <疲れきった時/どうしても筆が進まなくなった時/いらいらした時/すべてのものがいやになった時/ボクはいつでも/長島のことを思い浮かべる/長島茂雄はやっているのだ>

 詩はまだまだ続き、<長島茂雄のその日その日に/ボクは深く深く/頭をさげる>と終わる。

 プロ野球選手が目指すべき究極の目標は長嶋である。いまの阪神監督・矢野燿大が言う「誰かを喜ばせる」にも通じている。

 長嶋はまた「燃える男」だった。少年時代あこがれたという「ミスター・タイガース」藤村富美男のスタイルである。

 昼間にランディ・メッセンジャーの引退会見があった。代表質問役のアナウンサーが「若い選手たちにファイティング・スピリットを伝えてきました」と語っていた。その通りだ。10年間にわたり立ち続けたマウンドには打者を圧する気迫が漂っていた。かつて村山実や江夏豊や、15日に訃報が伝わったジーン・バッキーのように鬼気迫る投球だった。

 会見で花束を贈った球団社長・揚塩健治はメッセンジャーが遺(のこ)してくれた「レガシー」(遺産)を大切にしたいとたたえていた。

 7回裏の逆転劇。警戒網をかいくぐった近本の二盗に気概をみる。高山俊や大山悠輔の適時打は快打ではない分、闘志が潜んでいたとみる。9回表、藤川球児の光る汗や梅野隆太郎の殺意のこもった二塁送球に気迫をみた。

 燃える思いである。長嶋やメッセンジャーに贈るにふさわしい勝利だった。=敬称略=(編集委員)

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