脳腫瘍からの復帰目指す阪神・横田に響いた“生歌”

[ 2019年6月16日 08:30 ]

ノックを受ける阪神・横田(撮影・奥 調)
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 鮮やかで、胸を打つ“カムバック”だった。大腸がん手術から復帰した阪神・原口のプレーは、ファンだけでなく見る者の心を震わせた。6月9日の日本ハム戦では9回に代打で登場し、センターへサヨナラ打。試合後は、昨年不振に苦しんだ高山、北條がつないでヒーローをお膳立てした一連の流れもあり、矢野監督が涙した。

 多くの人が不屈の闘志で病を乗り越えた姿に勇気をもらった。同時に、ファンは合言葉のようにある選手の名前を叫んでいた。「次は横田の番や!」「横田、甲子園で待ってる!」。ツイッターではそんなコメントの数々が目に入ってきた。原口の活躍に歓喜しながらも、虎党は脳腫瘍からの復活を目指す男への思いを募らせた。

 横田は17年の春季キャンプ中にチームを離脱して以降、実戦出場していない。慎重にリハビリを進めており、現段階で実戦復帰のメドは立っていない。それでも「今できること」に力を注ぎ、懸命に前進する姿をファンはその目で見てきた。

 2軍本隊が遠征に出れば本拠地の鳴尾浜に残って孤独にトレーニングに励む日々。選手も数えるほどで閑散とした空気が流れるが、スタンドに目を向ければ確かに人の姿が見える。視線の先には汗だくでネットにボールを打ち込む背番号124。日々、途切れることなく、その背に声援を送る人たちの存在がある。いつからだろうか、横田は練習後に、必ずスタンドへ深々と一礼して選手寮に引き揚げるようになった。

 小さなサプライズが起こったのは、24歳の誕生日だった6月9日。この日も1人、屋外で打ち込みを終えて戻ろうとすると、スタンドにいた一部のファンから球場裏へ誘導された。関係者以外は立ち入ることができないエリアを区切る柵の前には、タオルやユニホームなど、支配下時代の背番号24のグッズを身にまとった人たちが待ち構えていた。

 「ハッピーバースデートゥーユー…」。始まった大合唱は最後、横田の「ヒッティングマーチ」で締めくくられた。「びっくりして。本当に泣きそうになりました。誕生日の歌もそうですけど、僕の応援歌まで歌ってくれて…。(思いが)突き刺さりましたね。待っててくれる人たちがいる。試合に出て恩返したい」。無二のエールに目を潤ませる横田の声は、震えていた。

 1月、故郷・鹿児島から帰ってきた時も言っていた。「道で知らない人にも声をかけられて。みんなが応援してくれた。試合に出て、恩返しがしたいです」。この日、鳴尾浜で起こった出来事も、大きな力になったはずだ。一生、忘れることのない記念日。御礼の言葉は甲子園で伝える。(記者コラム・遠藤 礼) 

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