ヤクルト・青木の恩師が祝福 野村元早大監督「一番怒ったけど、本当に向上心が強い」

[ 2021年8月19日 05:30 ]

セ・リーグ   ヤクルト2―3巨人 ( 2021年8月18日    松山 )

03年、東京六大学秋季リーグで優勝した早大の青木(後列右)と鳥谷(同左)
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 大卒選手の通算安打新記録を日米通算で達成したヤクルト・青木を、早大時代の恩師である野村徹元監督(84)も祝福。大学4年間で厳しく指導してプロへ導いた名将が当時を振り返り、さらなる活躍を期待した。

 青木は足が速かったから、1、2番を打たせようと思った。同期には鳥谷(ロッテ)や比嘉(寿光=元広島)がいて、彼らがクリーンアップ。青木にはそこにつなぐ打順を任せる構想が私にはありました。

 持ち味の足を生かすために、逆方向への打撃を身につけさせた。でも私が目を離すと、すぐ引っ張って強い打球を打とうとする。だから、引っ張れないように三遊間だけを空けたネットを作って打たせたこともあった。

 鳥谷は入学した時から完成度が高くて、怒ったことがないけれど、青木はよく注意しました。練習試合で二塁にスライディングするべき状況でしなかったことがあって、試合後のミーティングで「俺がよしと言うまで走っておけ」と怒った。でも、ミーティングをしている間にそのことを忘れてしまって、私は帰ってしまった。翌日、試合をよく見に来るファンに「青木が昨日えらい怒ってましたよ」と言われて、気づいた。すぐ青木に謝りました。下級生に確認して私が帰ったと知って、スパイクで土を蹴って「くそっ」と言っていたらしい。今となっては笑い話ですわ。

 彼には一番怒られたという思いがあるかもしれないですが、不思議なもので、卒業後も一番連絡をくれるのは青木。昔は調子が悪くなると連絡してきた。本当に向上心が強い。ヒット2本打った翌日に打撃フォームを変えていることもある。ヒットでも内容がよくないと納得しない。来年で40歳だけれど、まだまだやるんじゃないかな。(早大野球部元監督)

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