【内田雅也の追球】「答え」はあるのか? 阪神打線が戸惑った山岡の「縦スラ」攻略の難問

[ 2021年6月2日 08:00 ]

交流戦   阪神2ー5オリックス ( 2021年6月1日    甲子園 )

<神・オ>初回無死二塁、山岡の縦スライダーで空振り三振に倒れる中野<撮影・坂田 高浩>
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 決勝点献上につながった阪神・中野拓夢の悪送球は難しいプレーだった。同点の8回表1死一塁、三遊間のゴロで一塁は無理。一塁走者は代走の俊足・小田裕也で二塁送球も間一髪だった。

 失策は責められずとも中野の1回裏のバント失敗は反省点だ。無死二塁で送れず、得点機を逃した。3日前(5月29日)の西武戦でもバントを失敗。定着しつつある2番打者でなくとも苦手であってはならない。

 今季、回の先頭打者出塁でも序盤はほとんど強攻策だった監督・矢野燿大がバントを命じた理由は何か。中野に前回失敗の挽回を期待した面もあるだろう。それ以上に相手先発の攻略が難しいと踏んでいたのだろう。

 問題はオリックス・山岡泰輔が得意とする「縦スラ」だ。瀬戸内高時代の山岡について、ダルビッシュ有(当時レンジャーズ)が「動画で見たけど、これが1番だわ」とツイートした、あの球である。縦に大きく落ちるスライダーだ。

 共同通信データシステム『TSUBASA』によると、今季過去9試合の登板(5月31日現在)で投げた910球のうちスライダーは3分の1の303球にのぼる。直球409球に次ぎ、その被打率は・176と低い。

 では捨てるか。だが、スライダーのストライク率は73・9%と全球種で最も高い。決め球ばかりでなく、カウント球にも使ってくる。

 ただ、この数字には隠れた部分がある。空振りやファウルもストライクと計算される。ボール球を振っているケースも多いわけだ。

 ならば低めは見極め、やや高めに浮いてきたところをとらえたい。そんな姿勢で臨んだはずだ。

 しかし、この攻略法がいかに難しいことか、阪神は肌で感じることになる。打席で目の当たりにした縦スラの切れ味にどの打者も戸惑っていた。

 たとえば、1回表の結果球はすべて縦スラだった。近本光司の右前二塁打は当たり損ない。中野は内角低めボール球を振って三振、ジェフリー・マルテは外角低めを見逃して三振。ストライク・ボールの見極めすらも難しいわけである。

 5回裏の3安打はカッターとチェンジアップだった。縦スラを初めてとらえたのは7回裏2死二塁での代打・原口文仁で軽打で三遊間をゴロで抜いた。計28人中、縦スラを打った結果は13打数2安打だった。

 ふだん目にしない縦スラである。もちろん、交流戦に向け、データで傾向と対策を練り、動画も見てきたはずだが、現実には難しかったわけだ。

 きょう2日は、小川洋子の小説『博士の愛した数式』(新潮社)で、阪神ファンの「博士」を家政婦の「私」と息子の「ルート」が野球観戦に連れ出す日である。実際に行われた1992年6月2日の広島―阪神戦(岡山県営球場)であるとわかる。この時の描写が実に美しいのだが、ここではさておく。

 博士は数学雑誌の難問を解き、懸賞金を獲得するのだが「こんなもの、ただのお遊びにすぎない」と言う。
 
「必ず答えがあると保証された問題を解くのは、そこに見えている頂上に向かって、ガイド付きの登山道をハイキングするようなものだよ。数学の真理は、道なき道の果てに、誰にも知られずそっと潜んでいる。しかも(後略)」

 そう、答えなどないのかもしれないのだ。阪神は間違っていたのだろうか。あの縦スラ攻略法の正解はどこにあるのだろうか。 =敬称略= (編集委員)

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