【内田雅也の追球】魅力的に響く「球音」――無観客試合の楽しみ

[ 2020年2月29日 08:00 ]

打球音が響き渡った甲子園球場
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 映画『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年・米)でトウモロコシ畑につくった野球場に現れた“シューレス”ジョー・ジャクソンが「ここは天国かい?」と問いかける。主人公の農場主は「いや、アイオワだ」と答えたが、そう思わせるほど美しいフィールドだった。

 彼がいかに野球を愛していたか。原作のW・P・キンセラの小説『シューレス・ジョー』(文春文庫)にはこんなセリフがある。「ほんとはただで野球をやって、ほかの仕事で食いたかった。肝心なのは試合、球場、匂い、音だった」

 音について「打球が遠くへ飛んだときに一体となって盛りあがる観客の興奮。その音はまるでコーラスだった」と語り「そういうものについて話すだけで、おれは生まれてはじめてダブル・ヘッダーを見に行く子供みたいに体じゅうが疼(うず)きだすんだ」。

 野球では音も大きな魅力の一つだ。キンセラはまた別に「ボールがグラブにおさまる音、内野手のおしゃべりは、野球を恋しがる鳥の鳴き声のようだ」とも語っている。

 村上春樹が「そうだ、小説を書いてみよう」と思い立ったのも野球の音が関係している。『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)に書いている。

 1978年4月1日、神宮外野席で観戦していたヤクルト開幕試合でデーブ・ヒルトンが二塁打を放った際の<バットの快音をまだ覚えている。そのとき空から何かが静かに舞い降りてきて、僕はたしかに受け取ったのだ>。

 俗に「球音」と呼ばれる。長嶋茂雄は巨人監督時代、「球音を楽しむ日」を提唱し、2000年6月14日、横浜(現DeNA)戦(東京ドーム)で応援団に笛や太鼓、ラッパなど鳴り物を自粛して行った。この試合で右中間席に特大の20号本塁打を放った松井秀喜(後にヤンキース)の打球音は「まるで金属バットで打ち砕かれたような音だった」と相手・横浜コーチの高木由一が話していた。鳴り物がなく、より鋭い音に聞こえたのだろう。

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、きょう29日からのプロ野球オープン戦は無観客試合として行われる。応援団の鳴り物も歓声もない。

 しかし、バットが弾き、ミットやグラブにおさまるボールの音、選手たちの掛け声、さらに息づかい……と球音が聞ける楽しみがある。ファンが聞けない音を野球記者としてどう伝えるか。新聞では難しい問題だが、トライしてみようと思う。        =敬称略=
              (編集委員)

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