【プレーバック】稲尾は21連勝ならず…中1日、救援登板だった

[ 2013年8月16日 21:02 ]

1958年の日本シリーズで7試合のうち6試合に登板した西鉄・稲尾

 鉄腕・稲尾(西鉄)の連勝が止まったのは1957年10月3日の毎日戦(後楽園)。1日の同戦で20連勝を達成してから2日後の出来事だった。

 この試合、西鉄の先発は河村。5回を終え、0―0。6回、西鉄は4番・中西の右前打で1点を先制。均衡を破った。

 すると、三原監督はその裏から稲尾を投入。逃げ切りを図ったが、中1日の鉄腕は不調。8回に山内の右中間二塁打から2点を失い、逆転を許す。試合は1―2。3回5安打2失点で敗戦投手になり、51~52年に松田(巨人)が記録した20連勝を超えられなかった。

 稲尾は試合後「20連勝の時は気力でベストを尽くした。きょうもリリーフで頑張ったが、毎日の打線に屈した。調子はこの間と何ら変わらなかったが、毎日さんの気概に私が負けたのです。私の連勝記録はなくとも、負けたのがナインの皆さんに申し訳がない」と話した。

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