ホークス秋山監督「“喝”を聞けなくなってしまうのは寂しい」

[ 2010年10月7日 12:26 ]

1981年10月、優勝し大沢啓二監督(右手前)を先頭に場内を1周する日本ハムナイン

 7日に胆のうがんのため死去した元日本ハム監督の大沢啓二氏について、球界からはその死を悼む声が相次いだ。

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 ▼ソフトバンク・王貞治会長の話 日本シリーズで対戦したとき、守備位置を頻繁に変える魔術師のような選手といった第一印象でした。常に野球界の先頭に立ち続けた、現在のプロ野球界の礎をつくったうちのお一人でした。心よりお悔やみ申し上げます。

 ▼ソフトバンク・秋山幸二監督の話 交流戦の(ヤクルトとの試合の)時に神宮に来られていた。元気だったのに、本当に残念。ご意見番だったのにね。「喝」って言うのを聞けなくなってしまうのはさみしい。

 ▼横浜・島田誠ヘッドコーチ(1981年のリーグ優勝メンバー)の話 大沢監督がいなかったら、今の「島田誠」はいなかったと言っても過言ではない。77年の日本ハム入団以来、大変目をかけていただいた。本当に人情味にあふれた方だった。

 ▼岡本伊三美氏(元近鉄監督。南海時代の同僚)の話 朝のテレビ番組を休んでいたので、電話をした。風邪で入院したということだった。大したことはないと思っていたのだが…。南海時代、巨人との日本シリーズで、いい守りを見せた。ヒット性の打球を思い切った守備位置で捕ったのは、彼の勘の良さだろう。酒をよく飲んだし、豪快な性格だった。思い出はたくさんある。

 ▼阪神・片岡篤史打撃コーチの話 プロ(日本ハム)に入るときに取っていただいた方。プロ入り前に自宅に来ていただいて、両親と一緒に話したことが一番の思い出。怖い中にも愛情があった。大沢さんの気持ちを受け継いでいきたい。

 ▼中日・落合博満監督の話 また、野球界の貴重な人材がいなくなり、非常に残念で寂しく感じています。今は、ただただご冥福をお祈りしています。

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