【コラム】戸塚啓

世界で戦うことは特別でないが ここから先が実は遠い

[ 2019年3月27日 22:00 ]

後半、中島ゴール(撮影・大塚 徹)
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 3月26日のボリビア戦は、日本代表にとって平成最後のテストマッチだった。

 昭和から平成へ年号が変わったのは1989年だから、サッカー界はまだ日本サッカーリーグが行われていた。通称JSLは観客動員が芳しいものではなく、日本代表もまた夜明け前の暗闇にいた。

 それから30年の月日が流れ、日本サッカー界を取り巻く環境は激変した。

 プロリーグが開幕し、日本はオリンピックとワールドカップに出場できるようになった。フル代表に先駆けて世界へ飛び出した若年層では、99年のワールドユースで準優勝を成し遂げる。ナイジェリアで世界大会のファイナルに戦った黄金世代は、現在に至るまで日本サッカーを力強く牽引していった。

 日本代表の世界における立ち位置にも、はっきりとした変化が読み取れる。

 26日のキリンチャレンジカップで対戦したボリビアは、94年を最後にワールドカップに出場できていない。FIFAランキング60位は南米サッカー連盟の10か国で最下位だが、強豪ひしめく南米ではそもそもランキング浮上につながるポイントを稼ぐのが難しい。近年は世界的なタレントを輩出できていないものの、彼らは決して弱小国ではない。

 そのボリビアを相手に、日本はテスト的要素を多分に含む布陣で臨んだ。経験の少ない選手を多く起用したのは相手も同じで、日本のホームゲームである。そうだとしても、ベストメンバーではないチームでつかんだ1対0の勝利が、驚きを誘わないことに時の流れを強く感じる。

 ボリビア戦に先駆けて行われたコロンビア戦も、ベストメンバーで戦っていない。ラダメル・ファルカオとハメス・ロドリゲスがいて、ダビンソン・サンチェスとジェリー・ミナが最終ライン中央を固める相手に0対1で、しかも失点がPKだったのであれば、30年前なら間違いなく善戦と受け止められた。ゴールネットを揺らすことはできなくても、相手の9本を上回る16本のシュートを記録したことがまず評価された。決定力不足という表現が使われとしても、かなり控えめなトーンだったはずである。

 それがどうだろう。敗戦という結果に対してチームに厳しい眼が注がれ、「善戦」の二文字がメディア上で躍ることはない。当事者たる森保一監督と選手たちも、厳しい表情で結果と向き合う。ヨーロッパにベースを置く選手も国内でプレーする選手も、20歳の選手も30歳の選手も、勝てなかったこと、得点できなかったことを悔やむ。

 93年の“ドーハの悲劇”を動画サイトで知り、日本代表がワールドカップに出場することを、当たり前として受け止める世代が多数派となっている。いまはもう、世界で戦うことは特別でない。30年前は仰ぎ見ることしかできなかった世界のトップ・オブ・トップさえも、具体的なターゲットとして輪郭を帯びている。

 ワールドカップの常連になることと、上位進出の常連になることは別だ。世界における現在地は確実に上がっているが、ここから先が実は遠い。

 それにしても、すごい時代になったものである。30年前にはまったく想像できなかった現実が、私たちの目の前に広がっている。(戸塚啓=スポーツライター)

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