巨人 坂本がいなくても!若林、元大洋の父と思い出のハマスタで1号V弾

[ 2021年5月12日 05:30 ]

セ・リーグ   巨人4―2DeNA ( 2021年5月11日    横浜 )

<D・巨>9回1死、若林は右越えソロを放つ(撮影・小海途 良幹)
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 巨人は11日、DeNA戦で終盤に競り勝ち。主将で正遊撃手の坂本勇人内野手(32)が右手親指の骨折で離脱して迎えた最初の試合で、2―2の9回に若林晃弘内野手(27)が右翼席に決勝の1号ソロを放った。父が元プロ野球選手の伏兵が会心の一撃で今季最多の貯金8とし、首位・阪神とは3ゲーム差。リーグ3連覇を狙う王者として、虎の独走は許さない。

 父・憲一さんが果たせなかった夢が白球に乗る。両打ちの若林が立ったのは左打席。50年前に大洋ホエールズに入団した父は、真向かいの右打席に立っていた。

 二遊間を組んでいた坂本が右手親指骨折で離脱し初めての試合。「チームにとって痛いけどワンチームで戦った。素直にうれしかった」と胸を張る。2―2の9回。法大の3学年先輩で抑えの三嶋から右翼席へ。父から「大学の先輩はなかなか打たせてくれないなー」と言われたこともある右腕から値千金の決勝弾を放った。

 父は71年のドラフト6位で大洋(現DeNA)に入団も81年に28歳の若さで引退。若林が誕生したのはその12年後だった。自宅は東京だが幼少期は父に手を引かれ何度も観戦に訪れた横浜スタジアム。実家には思い出の青色のメガホンが大切に保管されている。ファン感謝イベントや野球教室が開催されると2人で参加し、当時所属していた内川(現ヤクルト)の実技指導を受けたのも良い思い出。その父は現役通算10年間で1本塁打を記録しているが、横浜スタジアムが本拠となる前年の77年に川崎球場で行われた阪神戦で放ったもの。「ハマスタ」での一発は、親子2代の悲願でもあった。

 プロ入り後は「嫌な思い出ばかり」という球場で響かせた快音。試合前の時点で同球場の通算打率は・077で、昨季は15打席に立って1本も安打を打てなかった。4月上旬の新型コロナ感染を乗り越えて戻ってきた舞台。「外の空気も吸えなかった」という狭い病室ではバットも振れなかったが、筋力トレーニングなど可能な範囲で体力を維持し、結果につなげている。

 JX―ENEOSから17年ドラフトで父と同じ6位で指名されたが一時はプロ入りを反対された。「6位で入って芽が出ないかもしれない。サラリーマンとして働いた方がいい」とまで言われた。通算163試合出場で10安打だった父の反対を押し切り、覚悟を決めて入団。今月3日の憲一さんの68歳の誕生日には焼酎の「森伊蔵」を郵送で送るなど、常に感謝の思いを持つ。

 「何とか勝ちたいという気持ちで、チーム一丸でやっていたので打ててよかった」と若林。父の夢も背負い、全力プレーを続ける。(神田 佑)

 ▼巨人・原監督 3番、4番が不発でも勝てるんだから大したもの。(若林ら下位打線の)サポーターたちが頑張った。

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