【内田雅也の追球】“選球の鬼”マルテの貢献と痛恨 「歩いて海は渡れない」ラテン系打者の変身

[ 2021年5月12日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4ー4中日 ( 2021年5月11日    甲子園 )

<神・中(7)>4回無死、マルテは四球を選ぶ(撮影・坂田 高浩)
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 中米諸国出身、ラテン系の野球選手の間に古くから広く浸透している格言がある。「歩いては海を渡れない」である。これまで何度か書いてきた。

 もちろん、海を歩いて渡ることはできない。この場合、「歩く」は英語の「ウオーク」で四球を意味し、「海」はカリブ海を指している。

 つまり、四球を選んでいても大リーグ・スカウトの目に留まらない。打ってアピールすべきとの意味だ。

 そんな姿勢は体に染みついている。中米ベネズエラ出身のアレックス・ラミレスはヤクルト、巨人、DeNAとプロ野球で13年プレーし通算2017安打を放った。首位打者となった2009年、本塁打王の10年とも四球はわずか21個(144試合)。打席数を四球数で割った「PA/BB」(何打席に1個、四球を得ているか)の数値でみると21・8だった。

 この点で阪神のジェフリー・マルテは特異だと言える。ドミニカ共和国で生まれ育った。16歳でメッツとマイナー契約しカリブ海を渡った。やはり四球は少なく「PA/BB」は4シーズンの大リーグ時代で14・0、11シーズン過ごしたマイナーで12・4だった。

 阪神入り後、この数値が改善されている。日本の野球に順応し、ラテン打者の体質を変えたのだろう。19年8・1、昨年8・5。この選球眼(あるいは忍耐)が球団に評価され残留、3度目の海(太平洋)を渡って今年がある。その点では再契約に動いたフロントの眼力も評価しておきたい。

 そして、選球眼はさらに磨きがかかった。この夜も1回裏1死三塁ではファウル8本で粘り中前適時打。この間、低めを3球見極めていた。4回裏先頭での四球は真骨頂だった。0ボール2ストライクからファウル2本、際どい4球を見極め出塁。2点を奪う起点となった。

 四球は21個目(リーグ4位)で先の数値は何と6・9。出塁率も4割(同4位)に乗せた。

 監督・矢野燿大は「マルちゃん今日1人で何球投げさしたんかなっていうぐらい投げさしてる」と話した。4打席で計28球である。「その1個の四球でも相手に与えるダメージっていうのは大きかった」とたたえた。

 そんな3番・マルテは大山悠輔負傷後、4番に入って4試合目の佐藤輝明にも好影響を与えている。佐藤輝は次打者席から目の前でマルテの選球姿勢を見ているわけだ。あれほど目立っていたボール球を振るシーンが減ってきた。

 この夜、4回裏の二塁打はボール球を続けて見極めた後に放った。6回裏は四球でつないだ。

 佐藤輝の「PA/BB」を計算すれば、開幕からの6番時代は17・3、4番に入って以降は6・0となっている。

 さて、そんな“選球の鬼”マルテにとって同点とした後の7回裏2死二、三塁でボール球の真ん中低めフォークを空振り三振したのは痛恨だったことだろう。見送れば四球で、2死満塁で佐藤輝という場面を演出できていた。

 8、9回は両軍ともセットアッパー、クローザーが登板して、無得点のまま引き分けた。あの7回裏は一気に勝ち越したいイニングだった。

 ただ、エース・西勇輝不調で劣勢のなか、よく追いついたのは確かだ。7回裏には代走・熊谷敬宥の果敢な二盗、糸原健斗の粘り腰での同点打が光っている。

 ともあれ、プロ野球初となる通算2000試合目の阪神―中日は46度目の引き分けだった。無観客は寂しいが、1936(昭和11)年のプロ野球創設初年度からしのぎを削ってきた両球団の伝統を祝うにふさわしい一戦だったと記しておきたい。=敬称略=(編集委員)

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