【内田雅也の追球】「相寄らずとも」の強さ 野球チームが目指す精神的距離

[ 2020年7月8日 08:00 ]

阿波野青畝が暮らしていた甲子園二番町付近
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 俳人・阿波野青畝の句集に『甲子園』がある。角川書店から1972(昭和47)年に発行された。文庫本(邑書林句集文庫)のあとがきによれば<私の住所が甲子園だから>と<いろいろ思案のあげく>決めたそうだ。

 45年3月の大阪大空襲で自宅を焼失。西宮・上甲子園に転居した。生まれ故郷の奈良・高取町への思いからか、「葛城庵」と称し、草木の生い茂る庭があった。

 普段の散歩コースの一つで、何度か付近を訪れたことがある。今は閑静な住宅街だ。

 そんな青畝の句に<球体の月を揚げたり甲子園>がある。

 自宅から南、甲子園球場の方角の夜空だろうか。あまり建物もなかった当時なら、球場のナイター照明が見えたかもしれない。月が野球のボールを思わせる<球体>とは何ともおもしろい。満月だろうか。

 7日は満月から2日後の「立待月」だった。やや欠けているが、丸い月が夜空にあがるはずだった。ただ、折からの雨で月も、それに七夕の天の川も見られなかった。

 阪神としては今季ようやく巡ってきた本拠地・甲子園球場での開幕戦も雨天中止となった。仕切り直しである。

 青畝の句にはまた、<汝(なれ)と我(われ)相寄らずとも春惜しむ>がある。毎日新聞の連載『季語刻々』(坪内稔典)5月4日付で知った。スクラップしてある。

 今だと新型コロナウイルスでのソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を詠んだかのようにも読める。ただ、同句は83年の作。長く連れ添った夫婦だろうか。つかず離れず、それでも心は通じ合っている。捕手を女房役と呼ぶバッテリーだけでなく、野球チームもこうありたい。

 大リーグ通だった元パ・リーグ広報部長の伊東一雄と、野球記者からコミッショナー事務局で法規部長などを務めた馬立勝の共著『野球は言葉のスポーツ』(中公文庫)に39年、ヤンキース全盛時の主力、フランク・クロセッティ、トニー・ラゼリ、ジョー・ディマジオが遠征先ホテルのロビーに静かに座っていた逸話がある。

 新聞記者が「どれほど黙っているか」と近くで聞き耳をたてたが、1時間20分たったとき、ディマジオがせき払いした。クロセッティが「何かしゃべったか」、ラゼリが「静かに。何も言わないよ」と答えた。「それからさらに10分の沈黙が続いたところで私は席を立った」と記者が書いている。

 言葉はなく、黙っていても通じる関係と言うべきだろうか。中心選手のクロセッティは大リーガーの手本とされたそうだ。「野球選手はボールとバットで会話する」などと言われる。

 甲子園開幕戦の雨天中止から、ずいぶんと話が飛んでしまった。ともかく、「相寄らずとも」の関係とは、社会的距離はありながら精神的距離はごく近いわけだ。チームが目指す、強い関係だと言えるかもしれない。=敬称略=(編集委員)

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