過去にあった「3季連続」対決 昭和、平成とも名勝負

[ 2014年8月19日 07:30 ]

13年夏は明徳義塾が大阪桐蔭を下した。9回表2死一塁、最後の打者大阪桐蔭・笠松を中飛に打ち取りガッツポーズをする明徳義塾・岸

 夏の甲子園大会第9日、本日第3試合で行われる予定の明徳義塾高vs大阪桐蔭高は「3年連続の因縁の対決」にあたる。2012年準決勝、2013年3回戦に続いて、3年連続で同一カードが甲子園で実現したのだ。センバツでは1937(昭和12)年から1939(昭和14)年に東邦商vs岐阜商が対戦しているが、96回を数える夏の甲子園の歴史において「3年連続同一カード」は史上初めての出来事だ。

 3年連続も実に因縁めいているが、甲子園の歴史を紐解くと「3季連続」というこれまた因縁の組み合わせが過去にもあった。昭和、平成、それぞれの「3季連続決戦」のドラマを振り返ってみよう。

◎昭和の名勝負! 法政二高vs浪商高 3度の激突!

 1960(昭和35)年夏から1961(昭和36)年夏にかけて三度対決したのが法政二高と浪商高(現大体大浪商高)だ。法政二高には柴田勲(元巨人)、浪商には尾崎行雄(元東映)という、球史に名を残すスター選手が在籍し、鎬(しのぎ)を削ったことで甲子園を大いに盛り上げた。

 最初の対決は1960(昭和35)年夏の2回戦。このとき、法政二高の柴田は2年生で、浪商の尾崎は1年生エースとして試合に臨んだ。この試合で勝利をおさめた法政二高は、その勢いのまま大会を制した。2度目の対戦は1961(昭和36)年春の準々決勝。この試合も法政二高が制し、夏春の連続優勝につなげた。

 そして3度目の対戦が1961(昭和36)年夏の大会の準決勝。「今度こそ」という浪商の執念が実って延長戦の末に勝利をおさめ、次の決勝戦も制して見事優勝を飾った。

◎平成の名勝負! 横浜高vsPL学園高 3度の激突!

 近年の甲子園における「因縁の対決」といえば、1998(平成10)年春から1999(平成11)年春にかけて3度対戦した横浜高とPL学園高の対戦だろう。特に1998(平成10)年の春・夏の戦いは、横浜高の春夏連覇や「松坂世代」の物語を語る上でも外すことができない戦いだ。

 最初の対戦は1998(平成10)年春の準決勝。PL学園高は稲田学と上重聡の2枚看板、一方の横浜高は絶対的エース・松坂大輔(現メッツ)の投げあいとなった。結果的には9回にスクイズでもぎ取った勝ち越し点を松坂が守りきり、3-2で横浜が勝利。横浜は次の決勝戦も制してセンバツを制した。

 2度目の対戦は1998(平成10)年夏の甲子園・準々決勝、もはや伝説の「延長17回の死闘」だ。センバツとは打って変わって打撃戦となったこの試合は、PL学園高がリードし、横浜高が追いかける展開で試合は進んだ。しかし、松坂が尻上がりに調子をあげて、後半は横浜高ペースに。PL学園高も延長で2度も追いつく執念をみせたが、延長17回表に飛び出した2ラン本塁打を松坂が守り抜き、横浜高が勝利。横浜高は、続く準決勝・明徳義塾高戦も劇的なサヨナラ勝ち、決勝・京都成章高には松坂がノーヒットノーランを達成と、大会も制して史上5校目の春夏連覇を達成した。

 そして、3度目の対戦は、その翌春、1999(平成11)年のセンバツ1回戦で実現。追いつ追われつのシーソーゲームとなったが、前年の対戦を経験していたPL学園高の田中一徳(元横浜)、田中雅彦(現ヤクルト)らの経験値が上回り、6-5で制して1998年度の雪辱を果たした。

 さて、明徳義塾高vs大阪桐蔭高。2012年は大阪桐蔭高が、昨年は明徳義塾高が勝利している。1勝1敗で迎えた3度目の戦いとなる今年、勝利の女神はどちらに微笑むのだろうか?(『週刊野球太郎』編集部)

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