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政治家よりも選手の言葉は響く。その力で再び社会を一つに

[ 2021年8月9日 05:30 ]

東京五輪・閉会式 ( 2021年8月8日 )

<閉会式>勢ぞろいした参加国の旗手ら(AP)
Photo By AP

 「開催」か「中止」か。国論を二分する中で行われた五輪は、良きにつけあしきにつけ、我々の心に鮮烈な記憶を刻み込んだ。

 異例ずくめの五輪を象徴するように、選手たちは戦う前から過酷な制約を課せられた。特に海外の選手は異国で自由に外出することすら許されず、パフォーマンスに影響したであろうことは想像に難くない。

 日本の選手は確かに有利な立場にあった。だが、それを差し引いたとしても、本当によく頑張った。中止を求める世論に胸を痛め、心ない人たちからの批判や中傷で傷ついた者も多かったに違いない。それでもこれだけの結果が残せたのは5年間の努力のたまものであり、堂々と胸を張っていい。

 では、これで「大会は成功だった」と言えるのか。残念ながら答えは「NO」だ。新国立競技場の再設計に始まり、大会エンブレムの盗用、贈収賄疑惑を巡る竹田恒和前JOC会長の退任、そして女性蔑視発言での森喜朗前組織委会長の辞任。とどめは開会式の演出に携わる一部関係者によるいじめや差別発言のオンパレード。世界に恥をさらした数々の不祥事は、選手が活躍したからといって消えるものではない。

 そして何より、コロナ感染者の激増だ。為政者たちがどう否定しようと、五輪で人出が増え、五輪のお祭り騒ぎで気持ちが緩み、五輪が感染爆発の一因になったことは疑いようのない事実だ。「感動」「勇気」という美辞麗句の陰で多くの人々が感染に苦しみ、全ての医療従事者が寝食を忘れて今も働き続けている現実から、私たちは決して目を背けてはならない。

 五輪が閉幕した今だからこそ、メダルを獲った選手も獲れなかった選手も、これから自分たちに何ができるかをもう一度よく考えてほしい。五輪が開催できたのは、多くの国民の忍耐と協力があったからこそだ。その思いに応えるためにも、今度はコロナとの闘いの先頭に立つ覚悟で、感染防止や若者の啓発に努めてほしい。国民の信頼を失って久しい政治家よりも、選手たちの言葉ははるかに国民の心に響くはずだ。

 せっかく史上最多のメダルを手にすることができたのだ。何年か先に「東京五輪がコロナ収束のターニングポイントになった」と言われるように、選手も国民も、今日からまた心を新たにして頑張ろうではないか。五輪で分断された社会が、五輪のレガシー(遺産)で再び一つに結びつく。スポーツの本当の力、底力を見せるのはこれからだと私は信じたい。(特別編集委員・藤山健二)

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