【内田雅也の追球】常に野球のことを考える日々 完全燃焼の幸福感 江夏「奪三振新記録」記念日

[ 2021年9月18日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神ー中日(台風接近のため中止) ( 2021年9月17日    甲子園 )

巨人・王貞治からシーズン354個目の三振を奪い、新記録を達成した阪神・江夏豊(1968年9月17日、甲子園)
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 9月17日は江夏豊がシーズン最多奪三振の新記録をマークした日である。1968(昭和43)年のことだ。

 舞台は甲子園での巨人戦。江夏は「新記録は王さんから奪う」と公言していた。4回表、王貞治から三振を奪い、稲尾和久(西鉄)が持つ353三振に並んだ。新記録と勘違いしていた江夏は次の王まで打者一巡、三振は奪わず凡打に取るという離れ業で7回表、再び対した。高め速球で新記録354個目となる空振り三振を奪ったのだ。

 試合は0―0の延長12回裏、1死一、二塁、江夏自ら右前打を放ち、吉田義男が生還、サヨナラ勝ち。村山実がベンチを飛び出し、祝福した。

 猛虎伝説として語り継いでいきたい一戦である。この日、甲子園での中日戦は台風接近のため、午後0時40分、はやばやと中止が決まった。雨音を聞きながら、当時に思いをはせた。

 江夏新記録の一戦は2ゲーム差の首位攻防4連戦の初戦だった。18日はダブルヘッダー。第1試合は辻佳紀のサヨナラ2ランで勝った。第2試合はジーン・バッキーが王へのビーンボールで両軍乱闘、バッキーは巨人コーチ・荒川博との殴り合いで右手親指を骨折した。試合は2―10で敗れた。19日は中1日で再び江夏が先発。またも自ら先制2点打し、またも完封。再びゲーム差なし、5厘差に迫ったのだ。

 この68年は<江夏の江夏による江夏のためのシーズン>と村山が著書『炎のエース』(ベースボール・マガジン社)に記している。

 それでも巨人に優勝をさらわれた。江夏はプロ2年目、弱冠20歳だった。最後の直接対決に向かう新幹線ひかり号で初めて一等車(グリーン車の呼称は翌69年から)に乗った。後楽園で9月28日からの3連戦、第1、3戦と敗戦投手となり涙をこぼした。

 この年、49試合(37先発)に登板し25勝12敗で最多勝。奪三振記録は401まで伸ばした。

 <優勝は逃したが、完全に燃え尽きたシーズンだった>と江夏は著書『燃えよ左腕』(日本経済新聞出版社)に記している。<人一倍遊び、人一倍野球に取り組んだ。食事をしているとき、トイレにいるとき、遊んでいるとき、常に野球のことを考えていた>。そして<それがどれだけ幸せだったか>。

 同じ言葉を1960~80年代、大リーグで活躍したカール・ヤストレムスキー(レッドソックス)が語っている。67年には3冠王に輝いた強打者だ。「毎年この時期(9~10月)になると、朝、目が覚めると野球のことを考えている。一日中そのことに思いを巡らし、夜は夜で夢にまで見ている。唯一考えずにすむのはプレーしている間だけなんだ」

 常に野球のことを考える日々。プロ野球選手とはいえ、そんな完全燃焼の幸福感を味わえることなど、めったにないだろう。

 今の阪神の選手たちはそんな時にある。もちろん、重圧も緊張もあるだろう。だが、幸せを感じながら、過ごそうではないか。 =敬称略= (編集委員)

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