阪神ドラ4遠藤、何事にも「感謝」…母の教え胸にプロで輝く

[ 2019年12月11日 08:30 ]

虎ルーキーの素顔に迫る 最高峰の舞台にトライ ドラフト4位・遠藤成(2)

8月11日、夏の甲子園の近江戦で二塁打を放つ東海大相模・遠藤
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 中学時代の猛練習で得た自信を胸に東海大相模へ進んだ遠藤成は名門校の練習の質に圧倒される日々を過ごした。「練習量ではなく、一球一球を試合だと思って大切にするこだわり。相模の野球に(最初は)全くついていけませんでした」。ついていくために高校でも誰にも負けない練習量をこなした。

 4強まで進んだ2年春の選抜大会では背番号18を付け、聖光学院との2回戦で9回途中に1/3回を投げただけ。「同級生の野口が主戦として投げていたのが悔しかった」。寮では午後11時の消灯時間を許可を得て延ばして早朝3時までバットを振り込み、早朝5時から点呼のある7時まで走り込んだ日もあった。全ては「野口よりも絶対走ってやる。周りの部員に練習量では絶対負けたくない」という思いから。高校でも努力の才能は健在だった。

 東海大相模の門馬敬治監督(49)は「彼は器用じゃないけど練習はできるし、やる。言われたことをただやるのではなくて、自分からできる人間」と評する。2年夏の神奈川大会前の練習試合で走塁の際に二塁ベース付近で足を滑らせ右手首を骨折。翌日、門馬監督の家を訪ねて「絶対夏までに戻ってくるのでよろしくお願いします」と直談判した。

 門馬監督からは「だったら、今できることは何ですか?」と言われた。「絶対間に合わないと分かっていたけど、純粋で素直な子なので」。走り込みや自転車トレなどで徹底的に下半身を強化。完治まで時間が足らずメンバー外で夏を終えても、この時の取り組みは無駄ではなかった。スイングスピードは部内最速の156キロを計測するまで向上。2年秋から内野手と投手の二刀流を任され、3年夏には激戦区を勝ち抜き、今度は攻守の主軸として再び聖地を踏んだ。

 母・道代さん(48)は感慨深げに振り返る。「小学生の頃には“プロ野球選手になる”、中学生の頃には“絶対、甲子園に出る”。そういった目標を周囲にはっきり宣言したり、紙に書いて部屋に貼ったりしていました。小さな頃から夢を少しずつかなえてきた」。高校進学で地元秋田を離れ、悩んだ時期に支えになったのは母の教えだ。

 「小さな頃から感謝の気持ちを持ちなさいと教わり続けてきた。感謝の気持ちがあれば、怠慢なプレーはしない」

 中学時代から帽子の裏や寮の部屋の天井には「感謝」と記した紙を貼ってきた。いま寮の部屋に貼る紙に書き込んだ目標は「2000本安打」と「トリプルスリー」。両親から「何事も成し遂げて欲しい」という願いで付けられた「成」名のごとく、プロでも夢を成就させる。(阪井 日向)

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