西濃運輸 天覧試合で初日本一!創部55年目で歓喜

[ 2014年7月30日 05:30 ]

<西濃運輸・富士重工業>優勝を決め歓喜する西濃運輸ナイン

都市対抗野球最終日・決勝 西濃運輸2―0富士重工

(7月29日 東京ドーム)
 西濃運輸(大垣市)が3年ぶり33度目の出場で悲願の初優勝を飾った。天覧試合となった富士重工(太田市)との決勝は、エースの佐伯尚治投手(31)が二塁も踏ませず、散発3安打で無四球完封。80年からの3年間の休部を経て20年ぶりの決勝進出を果たした西濃運輸は、創部55年目で初の日本一を勝ち取った。45年ぶりに決勝に進んだ富士重工は初優勝を逃した。なお、今大会3試合に先発して2完投で2勝を挙げた佐伯が初の橋戸賞(最優秀選手賞)を獲得した。

 整列した本塁上で、佐伯は両膝に手をついて泣いた。完封。そして日本一。おえつとともに、言葉を詰まらせた。

 「つらい時期もあったけど、きょう勝って全てが報われた。最高の気分です」

 1失点完投した東京ガスとの準々決勝から中1日。9年目、31歳の右腕は横手から両コーナーの低めを丁寧に突いた。直球は130キロ台前半でも計測不能のスローカーブで緩急をつけてほんろう。シンカー、スライダー、チェンジアップもさえて散発3安打。二塁も踏ませず9奪三振、無四球でシャットアウトして橋戸賞に輝いた。

 66年から12年連続出場したチームは、80年から3年間の休部を味わったが、94年に準優勝。95、98年も4強入りした。だが以降は低迷。「自分の成績が良くても、チームが勝たなければ意味がない」。連投でも完投ができるタフさを求めた佐伯は「大嫌いだった」という筋力トレーニングを昨オフ導入。体重73キロと細身だった肉体は現在80キロとたくましさを増した。

 そして19年ぶりに東海地区を第1代表で勝ち抜いたが、5月の2次予選準決勝で左膝半月板を損傷。約1カ月も投球ができず、今大会直前の練習試合で3イニング投げただけで本番に臨んだ。初戦の東芝との2回戦は2失点して5回途中降板。そこから切り替え、帽子のつばの裏に書き込んだ「辛抱」「完投」、「絶対に勝つ」の誓いを実践した。

 7度宙に舞った今大会最年長64歳の林教雄監督はウイニングボールを強く握りしめ「格別。凄いチームになりましたね」と話し、「一試合一試合、成長した選手に敬服している。何も言うことなし」と感激の面持ちだった。休部明けのチームをコーチ兼マネジャーとして立て直し、20年前の準優勝時は監督として指揮。何度か現場を離れ、12年6月に監督復帰して2年で頂点に導いた。

 逆転勝利が目立った今大会。それは相手の終盤の継投につけ込んだものがほとんどだった。林監督は「先発が好投していたら代えない。言い方は悪いが、一発勝負のトーナメントでは、いい投手は酷使する。フレッシュな4、5番手の投手より、疲れているエースの方を信用する」と持論を展開。佐伯とトヨタ自動車からの補強選手・佐竹がそれぞれ2完投し、5試合を3投手だけの起用で乗り切った。

 V候補の東芝、3連覇を狙ったJX―ENEOSを撃破して創部55年目で悲願の日本一。最後に佐伯は「文句なしですね。まだまだ自分はベテランと思っていない」と笑った。

 ▼西武・高橋(11年から2年間在籍)一緒に戦ってきた仲間が、優勝してくれてうれしいです。心から祝福します。

 ◆西濃運輸 2005年(平17)10月1日設立。社員数は1万2755人(14年6月30日現在)。資本金は1億円。西濃運輸グループの持ち株会社であるセイノーホールディングスは1946年(昭21)設立。硬式野球部は60年に創部。都市対抗は3年ぶり33度目の出場。日本選手権は96年の準優勝が最高成績。主なOBは阪神・小豆畑真也ら。本社は岐阜県大垣市田口町1。大塚委利社長。

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