11度目ついに夏切符!二松学舎大付 1年生パワーで帝京撃破

[ 2014年7月30日 05:30 ]

<二松学舎大付・帝京>優勝を決め大喜びの二松学舎大付ナイン

東東京大会決勝 二松学舎大付5―4帝京

(7月29日 神宮)
 第96回全国高校野球選手権大会(8月9日から15日間、甲子園)の地方大会は29日、5大会で決勝が行われ、東東京では決勝で10連敗中だった二松学舎大付が帝京を延長10回の末、5―4で下し、悲願の初優勝を飾った。今村大輝捕手(1年)が7回に同点3ランを放ち、大江竜聖投手(1年)も6回途中から好救援を見せるなど、1年生コンビが負の歴史にピリオドを打った。30日は神奈川、静岡、大阪、長崎で代表校が決まる。
【7月29日の結果 組み合わせ】

 1点リードの10回2死。最後の打者を二ゴロに仕留めると、マウンド付近に歓喜の輪が広がった。その瞬間、市原勝人監督は、多くのOBたちがいる一塁側スタンドに向け、丁寧に一礼した。

 「最後のアウトは夢を見ているようだった。僕の方が“また今年も駄目か”とくじけそうでしたけど、選手がたくましかった」

 71年から決勝は実に10連敗中だった。昨年に続き迎えた、11度目の決勝戦。5回に先制され、6回にも2点を失った。指揮官が諦めかけるほどの劣勢。歴史を塗り替えたのは、4カ月前まで中学生だった1年生だった。

 3点を追う7回1死一、二塁で今村が打席に入った。1ボールからの2球目、高めのスライダーを強振した。打球は風にも乗って左翼席に飛び込んだ。公式戦初本塁打が起死回生の同点弾になり「入るとは思わなかった。ベースを一周しても実感が湧かなかった」と振り返った。実は、ベンチからは「待て」のサインが出ていたが「集中し過ぎて、周りの声も聞こえなかった」と言った。

 昨夏の決勝戦を神宮のスタンドで観戦し、泣き崩れる選手を目にした。「何回も決勝で負けていることは知っていて入学した。自分が少しでも貢献して甲子園に行けたらと思った」。春の東京都大会からベンチ入りすると、5月からは正捕手に。グラウンドに出たら学年は関係ない。日々の練習では一日1000スイングにも音を上げず、先輩投手にも「攻めろ」「もっと腕を振ってこい」などと、強い口調で鼓舞してきた。3年生エースの大黒は「試合前は“オエー”って吐きそうになっていたのに、試合になったら1年生とは思えなかった」と舌を巻いた。

 試合を締めくくったのも、1年生だった。6回1死二、三塁からマウンドに上がった大江は、先頭打者に適時打を許したが、最後まで踏ん張った。「喜びは(男手一つで育ててくれた)父(広志さん)に伝えたい。緊張は全くなかった。甲子園に行くための通過点と思って、練習試合みたいな気持ちだった」と、強心臓ぶりを発揮した。今大会は4試合に登板し、わずか1失点の快投だった。

 同校のエースとして82年センバツ準優勝投手になった市原監督は言った。「実は試合前に初めて選手に、“(俺を)甲子園に連れて行ってくれ”と頼んだんです。でも、(待て、のサインで本塁打など)選手は最後は僕の手の中から飛び立った。勝てる時はこういうものなのかな」。11度目の正直で手にした甲子園切符。あとは夢舞台で目いっぱい暴れるだけだ。

 ◆今村 大輝(いまむら・だいき)1998年(平10)5月11日、千葉県生まれの16歳。幼稚園年少から野球を始める。天戸中では東都京葉ボーイズに所属し全国大会4強。二松学舎大付では1年春からベンチ入り。1メートル72、74キロ。右投げ右打ち。

 ◆大江 竜聖(おおえ・りゅうせい)1999年(平11)1月15日、神奈川県生まれの15歳。小1から東原ラビットで野球を始める。座間南中では横浜ヤング侍に所属。二松学舎大付では1年夏からベンチ入り。1メートル71、68キロ。左投げ左打ち。

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