上原 世界一王手!ルース以来95年ぶりレ軍本拠で決める

[ 2013年10月30日 06:00 ]

<カージナルス・レッドソックス>最後の打者ホリデーを打ち取り、雄叫びを上げるレッドソックス・上原

ワールドシリーズ第5戦 レッドソックス3―1カージナルス

(10月28日 セントルイス)
 07年以来6年ぶりの世界一へ王手をかけた。レッドソックスの上原浩治投手(38)が28日(日本時間29日)、カージナルスとのワールドシリーズ第5戦に3―1の8回2死二塁から2番手で登板。空振り三振で切り抜けると、9回も3者凡退で締め、2試合連続でセーブをマークした。ポストシーズン通算7セーブは、リーグ最多記録(史上5人目)。チームは3勝2敗とし、伝説の名打者ベーブ・ルースが所属した1918年以来、95年ぶりとなる本拠地での世界一を狙う。

 まさかの激励にも、自信を持って優勝を約束する余裕があった。移動バスが出発する5分前。ロッカーの前に立ち、慌ててスーツに着替えていた上原が横に向くと、ジョン・ヘンリー・オーナーの姿が視界に入った。異例の個人訪問。球団トップから「コージ、サンキュー。ワン・モア(もう一つ)」と世界一をリクエストされた守護神は握手を交わすと同時に、しっかりとうなずいてみせた。

 走塁妨害にけん制死。2夜連続で史上初の珍事で試合終了を迎えていたが、第5戦は上原がきっちりと締めた。敵地で2勝を挙げ世界一に王手。「最大であと2試合。1試合で終わればいいですけど、もうゴールは見えている」と力強く言い放った。

 4連投目の出番は8回2死二塁。ワールドシリーズでは初めてイニングをまたぐ登板だったが「投げている方が体が起きている」と意に介さなかった。最近2試合は失点こそないものの、安打は許した。研究してくる相手に対し「対戦して気づいたことをどんどん(実戦で)試したい」と、対策を練っていた。

 この日のテーマは外角低め。制球重視で、直球とスプリットを同じ目線にそろえ、相手を惑わす作戦だった。「あの高さ(外角低め)に真っすぐとスプリットを投げておけば、スプリットも空振りするんじゃないかなと。(過去)3回の対戦で少し思った」。狙い通りアダムズは1ストライクから2球スプリットを振らせて3球三振。9回も先頭を見逃し三振に仕留め、あっという間に3者凡退だ。投じた15球のうち、制球ミスは逆球の1球だけ。針の穴を通すような制球力を持つ上原だからこそできる芸当に、ジョン・ファレル監督も「彼がマウンドにいる時間が一番落ち着ける」と感謝していた。

 王手をかけて舞台は本拠地へ。ボストンでレ軍が世界一を決めれば当時投手だったベーブ・ルースが2勝した18年以来95年ぶりとなる。地区優勝、地区シリーズ、リーグ優勝決定シリーズと3度胴上げ投手を味わった上原。伝説の大打者以来の歴史的な瞬間が目前に迫り「そうなれるように、しっかりと準備していきたい」と気を引き締め直した。

 ▽1918年のレ軍ワールドシリーズ カブスと対戦。第1~3戦が敵地で第4戦以降は本拠地で行われた。第1戦は、ベーブ・ルースが先発して1―0の6安打完封勝利。2勝1敗で迎えた第4戦も再びルースが好投して3―2で勝ち、王手をかけた。第5戦は落としたが、9月11日の第6戦は下手投げの先駆者カール・メイズが第2戦に続く完投で2―1で勝利。4勝2敗で5度目の世界一となった。ルースは翌19年オフにヤンキースにトレード移籍、レ軍は04年まで世界一から遠ざかり「バンビーノ(ルースの愛称)の呪い」と呼ばれた。

 ▽1918年の世相 米国は第28代のウッドロー・ウィルソン大統領。14年に勃発していた第1次世界大戦が11月に終結。日本では3月に松下電器(現パナソニック)設立。7月に富山で米騒動が起きた。現在の夏の甲子園にあたる第4回全国中学優勝野球大会(8月、鳴尾球場)はその影響により中止。第18代の寺内正毅(まさたけ)首相が9月に辞任、原敬首相に。まだプロ野球の球団はなかった。田中角栄元首相、中曽根康弘元首相が生誕。

 ≪過去62チーム中41チームが世界一に≫3勝2敗とした過去62チームのうち、3分の2以上の41チームがシリーズを制している。ただしレ軍は、これまで3勝2敗とリードした4度のうち、制覇したのは2度だけ。3勝1敗から2敗目を喫した1912年(1分け含む)と18年は優勝も、2勝2敗から先に王手をかけた46、86年はいずれも連敗している。一方、カ軍が2勝3敗で第6戦を迎えたシリーズは過去6度。今回と同じ顔合わせだった46年や前回優勝の11年を含む5度も、第6戦から連勝して頂点に立っている。

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