バレが並んだルースの凄さ チーム平均58本の時代に1人で60本

[ 2013年10月5日 06:00 ]

<ヤ・神>6回2死三塁、右越え2ランを放ったヤクルト・バレンティン
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セ・リーグ ヤクルト2-3阪神

(10月4日 神宮)
 ヤクルト・バレンティンの60本塁打の価値は――。大リーグでは延べ8人が達成しているが、当時の時代背景は違うため、単純に比較できない。実際、うち6度はステロイド全盛時代と呼ばれた90年代後半から00年代初めにかけてマグワイア、ソーサ、ボンズの3人により達成されたものだ。

 その点、ルースは、他の選手よりも本塁打数が突出して多かった。60本を放った1927年は、大リーグ1球団の平均本塁打数は58。1チーム全体よりもルース一人が上回っていたことになる。

 マリスがルースの記録を塗りかえた61年の61本は、1チームの平均本塁打数152本に対して40%。ボンズが歴代最多の73本塁打を記録した01年も同じ40%だった。日本球界は今季から「飛ぶ統一球」の影響で本塁打が量産されたが、それでもバレンティンの60本は1チーム平均の半分以上(56%)の数字で、抜きんでていると言える。

 ルースは前年の26年に、従来よりも柔らかいコルク芯のボールが導入され、打球が飛びにくくなったとされた矢先。後進が続いても、ルースの凄さは際立っている。

 ▽1927年ルースの60本塁打 8月を終了した時点で43本塁打と決して順調なペースではなかったが、9月の1カ月間(27試合)で17本塁打を量産した。シーズン153試合目の9月29日セネタース(現ツインズ)戦で2発。自身が21年に記録した59本に並ぶと、翌30日の同カードで大台に到達した。

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