サンタナ メッツ史上初ノーヒッター!左肩手術乗り越え快挙

[ 2012年6月3日 06:00 ]

<メッツ・カージナルス>ノーヒットノーランを達成し、ガッツポーズするメッツのサンタナ

ナ・リーグ メッツカージナルス

(6月2日 ニューヨーク)
 メッツのヨハン・サンタナ投手(33)が1日(日本時間2日)、カージナルス戦でノーヒットノーランを達成した。メ軍では球団が創設した1962年以降51年目で初めての記録で、打者32人に対し三振8、内野ゴロ3、内外野の飛球16、四球5。ツインズ時代に2度のサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)に輝いた左腕が、左肩の手術を乗り越えて快挙を成し遂げた。大リーグで今季のノーヒットノーラン達成は3人目となった。

 サンタナがメッツの呪縛を解いた。球団創設51年目、8020試合目にして初のノーヒットノーラン。最後の打者を決め球の78マイル(約126キロ)チェンジアップで空振り三振に斬ると左拳を突き上げ、雄叫びを上げた。

 「テレビゲームでもノーヒットノーランなんてやったことがない…。ようやく(球団)1つ目というのが、これ以上ないほどうれしい。ニューヨークにとって凄いことだし、本当に特別な日だ」

 打たせて取る投球がさえた。「ホームベース上を動き回った」という、打者の手元で微妙に動く速球を効果的に使った。強風の影響もあって、制球が定まらず5四球。しかし、気持ちは折れなかった。前回登板も完封していたため、110球前後での交代を考えていたテリー・コリンズ監督も、サンタナの自己最多134球の熱投に「代えることなんてできなかったよ」と涙目で喜んだ。

 20勝した04年、19勝で投手3冠の06年に満票でサイ・ヤング賞を獲得。2度の満票での選出は史上4人目の快挙で当時は「大リーグ最強左腕」の称号も得た。松井(当時ヤンキース)とのトレード話も浮上した07年オフにメ軍へ移籍。6年1億3750万ドル(当時約149億円)の大型契約だった。全てが順風満帆に見えたが、10年9月に左肩を手術。今季2年ぶりにメジャーに復帰した。

 全盛期150キロ台だった直球は今は140キロ台中盤に。しかし、熟練の投球術で、今季は開幕投手も任された。ノーヒットノーランを7度達成したノーラン・ライアン(現レンジャーズ球団社長)でさえ、メ軍ではできなかった快挙。昨季のワールドシリーズ覇者を相手にした試合で完全復活をアピールした最強左腕は試合後、クラブハウスで「やったぜ、ベイビー!」と叫んだ。

 ◆ヨハン・サンタナ 1979年3月13日生まれ、ベネズエラ出身の33歳。95年にアストロズとFA契約。99年にツインズへ移籍し00年にメジャーデビュー。08年に1対4の交換トレードでメッツへ移籍。最多勝1回、最優秀防御率と最多奪三振を3回ずつ受賞し、04、06年はサイ・ヤング賞を獲得。メジャー通算136勝71敗、防御率3・08。1メートル83、95キロ。左投げ左打ち。

 ≪残りはパドレス≫メッツではトム・シーバーが1969年に9回1死まで完全、1975年にノーヒットノーランまであと1死というところで記録達成を逃していた。カージナルスは90年6月29日のドジャース戦でフェルナンド・バレンズエラにノーヒットノーランをされて以来、球団史上8度目の屈辱。大リーグではパドレスが、継投を含めて一度もノーヒットノーランを達成していない。

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