【コラム】西部謙司

才能と適応力 ルカ・モドリッチ

[ 2018年9月26日 17:50 ]

国際サッカー連盟の表彰式で男子最優秀選手に選ばれたクロアチア代表のモドリッチ
Photo By AP

 ルカ・モドリッチがFIFA年間最優秀選手賞を受賞した。レアル・マドリーでのCL3連覇、ワールドカップではクロアチア準優勝の原動力となり、文句なしの受賞といっていいだろう。

 モドリッチは難民だった。祖父は戦争で死亡し、家族は故郷を追われて避難している。ハイデュク・スプリトのセレクションを受けるが、体が小さくて華奢すぎるという後のスーパースターの最初の挫折にありがたいな理由で不合格。だが、16歳でディナモ・ザグレブのユースチームに入団した。18歳でトップチームと10年契約を結び、そのときの契約金でアパートを買って家族の避難生活にピリオドを打った。

 名門ディナモ・ザグレブと契約したのも束の間、モドリッチはすぐにボスニアのモスタルに貸し出されてしまう。ピッチは劣悪、ファウル続発のボスニアリーグは細身の技巧派にはきつかったと思うが、年間MVPに選出される活躍をみせた。十代にもかかわらずキャプテンでもあった。ところが、ザグレブに戻ると今度はクロアチアリーグながら、またも貸し出し。モドリッチがディナモ・ザグレブでプレーできなかったのは、同じポジションにニコ・クラニチャールがいたからだ。クラニチャールは同世代の天才的MFで、ディナモ・ザグレブではやはり十代のキャプテンでもあった。

 その後、クラニチャールがクラブと揉めて移籍するとモドリッチはディナモ・ザグレブでプレーを開始、リーグ優勝など大いに貢献してからイングランドのトッテナム・ホットスパーに移籍した。スパーズではクラニチャールと一緒だったが、すでに両者の立場は逆転している。モドリッチは惜しまれながらスパーズからレアル・マドリーに移籍し、現在に至っている。

 モドリッチとクラニチャールは体格もプレースタイルも違うが、攻撃的MFというポジションは同じだ。若い時に過酷な環境で適応力を身につけたモドリッチ、エリート扱いだったクラニチャール。それが2人のキャリアを分けた気がする。

 日本では才能に恵まれた天才的な選手に対して、大事に育てようとするせいか厳しい要求をしない傾向がある。例えば、宇佐美貴史はガンバ大阪の下部組織で破格の才能を認められた逸材だった。ところが、Jリーグでは活躍してもブンデスリーガではなかなか力を発揮しきれない時期が続いていた。攻撃センスとシュート力は世界のトップで通用するものを持っているのに、守備ができないのでポジションをとれない。長所はどこまで行けるかの可能性を表すが、実際にどこでプレーできるかは弱点で決まる。例えば、弱点の守備力がJリーグの平均レベルなら居場所はJリーグになる。苦手分野でもプレーするリーグの平均水準ぐらいにないと、そこは狙われる穴になってしまうからだ。

 クラニチャールより評価は低かったのかもしれないが、十代のころから素晴らしい才能があったモドリッチを、ディナモ・ザグレブは隣国の厳しい環境に放り込んでいる。それでダメなら仕方がないという冷たさも感じるが、長所だけを大事にしても本人が後々苦労するだけなのだ。可愛い子には旅をさせよというが、才能の大きな選手に対してはより厳しい要求をつきつけるべきなのだ。ヨーロッパのコーチたちは、「素晴らしい才能の持ち主に対して、コーチは全存在をかけて戦わなくてはならない。ユース段階で辞めさせても良いという覚悟が必要だ」とよく言う。それだけ才能同士の競争力もあるのだろうが、鉄は熱いうちに打てということだろうか。(西部謙司=スポーツライター)

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