【コラム】西部謙司

UCL過去最高のファイナル「イスタンブールの奇跡」 04-05リバプール-ACミラン

[ 2019年5月28日 07:00 ]

UEFAチャンピオンズリーグ   リバプール3-3(PK3-2)ACミラン ( 2005年5月25日    アタテュルク・オリンピヤット・スタディ(イスタンブール) )

 2005年5月25日のファイナルは「イスタンブールの奇跡」として知られている。

 前半は3-0、ACミランのリードで折り返した。当時のミランはアンドレア・ピルロ、パオロ・マルディニ、アンドリー・シェフチェンコ、エルナン・クレスポ、カカーといった錚々たる顔ぶれ。2年前のチャンピオンで、この2年後にもリバプールを破って優勝している欧州屈指の強豪である。2-0は「危険な点差」とよく言われるが、それは弱いチームの話だ。ミランほどのチームが2-0になれば試合はほぼ決まりであり、まして3-0は試合終了に等しかった。

 「我々はよく戦った。あの、気が狂ったような6分間を除けば」(ミラン、カルロ・アンチェロッティ監督)

 ミランはハーフタイムに勝利を確信していただろう。ところが、後半の「気が狂ったような6分間」がすべてを変えている。

 54分、スティーブン・ジェラード(1-3)
 56分、ウラジミール・シュミチェル(2-3)
 60分、シャビ・アロンソ(3-3)

 リバプールは6分間で3点を奪った。ミランに油断があったのは間違いない。そこをつかれて動揺し、立て直す間もなく3失点した。リバプールの策も当たっている。ラファエル・ベニテス監督は後半から3バックに変更した。このシーズン、リバプールが全く使ったことのないフォーメーションだった。ただ、「あの時間については説明のしようがない」とミランのアンチェロッティ監督は振り返っている。3点奪うのにエネルギーを使いすぎたリバプールに4点目を狙う力はなく、延長、PK戦で奇跡の夜を締めくくっている。

 あの6分間だけが異常だった。

 リバプールのホーム、アンフィールドは「ライオンの巣穴」とも呼ばれている。生きて帰れる気がしないネーミングだ。スタジアム全部で敵に向かっていく迫力と一体感は、ちょっと比類がない。今季の準決勝第2戦、バルセロナに対する4-0の大勝利もアンフィールドだからこそ起こりえた。同じことがイスタンブールで起こっていたといえる。

 あの6分間、アタトゥルク・スタジアムはアンフィールドになっていたのだ。つまり「ライオンの巣穴」は、当たり前だが建物のせいではなく、そこにいる人々の力によって作られている。一定数以上のリバプール・サポーターがスタジアムを埋めてしまえば、そこがどこでもアンフィールドになりうるわけだ。

 アンフィールドに銅像が建っているビル・シャンクリーは、かつて数々の改革を行い、今日の礎を築いた伝説的な名監督だった。低迷していたクラブをイングランド随一、ヨーロッパ屈指の強豪に変えていった。シャンクリーはファンからの手紙にまめに返事を書き、ときにはサポーターを自宅に招いて議論に応じた。自腹で買ったチケットを配ることもあった。シャンクリーがファンの1人1人と向き合う姿勢が、このクラブの絆を作っていった。

 その後、「ヘイゼルの悲劇」と「ヒルズボロの悲劇」が相次ぎ、ヨーロッパの舞台から締め出されたときも絆は変わらなかった。固い絆で結ばれたクラブとファン、その力が誰も説明できない「奇跡」を起こしたイスタンブールの夜だった。(西部謙司=スポーツライター)

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