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暴力性を内包した競技という自覚

 日大アメフト部の「危険タックル」が問題になっている。サッカーも他人事ではなく、危険なタックルは日常的にフィールド上で行われている。

 英国で行われていたサッカーの原型は、街ぐるみの暴動みたいなものだった。その後、パブリックスクールで流行し、ルールの統一がされて現在のアソシエーション・フットボールになっている。ルール統一にあたって最大の争点になっていたのが「ハッキング」だった。ボールを手で扱うのを認めるかどうかは、それほど大きな争点ではなかったようだ。ハッキングとは相手選手の膝から下を蹴って撃退するプレーで、それを認めるかどうかで意見が割れた。最終的にハッキング禁止派が多数を占め、容認派はFAを脱会してラグビー協会の設立につながっていく。

 サッカーのルールは暴力性から距離をとることで成立した。とはいえ、もともと暴力性を内包したスポーツであることに変わりはなく、フィールド上では今日もなお多くの暴力的なプレーが行われている。ルールの歯止めはあるが逸脱は常にある。著しく逸脱すれば、審判によって退場処分になるわけだが、フィールドの外で行われれば犯罪そのものの行為もフィールド上では不問に付される。足を蹴る、引っかける、押し倒す、ヒジ撃ちするといった行為は普通に存在する。

 ルールが尊重されなければ、サッカーはいつでもかつての暴動に戻れる競技なのかもしれない。暴力的なものを内包しながら、決して暴力そのものに堕すことがない。そのカギを握るのは個々のプレーヤーだ。プレーヤーは自分を厳しく律し、暴力への一線を越えないようにしなければならない。勝つためだろうが、監督の指示だろうが、そこはプレーヤー自身が守らなければ、スポーツはただの暴力になってしまう。スポーツの仮面を被って欺いているぶんいっそう卑劣といえる。

 FIFAは暴力と差別の撲滅に躍起になっているが、裏を返せばプロサッカーのフィールドは暴力と差別の温床だからだ。かつてサッカーは暴力には寛容だった。ペレやディエゴ・マラドーナは、現在なら一発退場もののタックルを繰り返されていたが、レッドカードどころかイエローカードすら滅多に出なかったものだ。FIFAはバロンドールを3度受賞したマルコ・ファンバステンを失って事の重大さに気づき、背後からのタックルに厳罰を科すようになった。それ以降、ユニフォームを引っ張るなど卑劣な行為に対してはジャッジが甘くなる半面、危険なファウルについては厳しく取り締まるようになっている。

 とはいえ、ルールですべてが収まるわけではなく、サッカーが元来暴力性を含んでいる以上、プレーヤーの自覚がすべてといっていい。(西部謙司=スポーツライター)

[ 2018年5月16日 20:15 ]

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