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【コラム】西部謙司

過去のUCL決勝ベストゴール 01-02ジネディーヌ・ジダン(レアル・マドリード)

[ 2019年5月31日 07:00 ]

欧州チャンピオンズリーグ   レバークーゼン1-2レアル・マドリード ( 2005年5月15日    ハムデン・パーク(グラスゴー) )

18-19シーズン途中から再びレアル・マドリードを指揮しているジネディーヌ・ジダン
Photo By AP

 ジネディーヌ・ジダンは時を止める。ほんの一瞬だが、対する相手選手を棒立ちにさせ、思考能力を奪う力があった。相手だけでなく、ときには観衆にも魔法をかけた。

 予想もしないボールコントロール、何が何だがわからないフェイントモーション。対面する選手は「あっ」と息を呑み、その場に立ち尽くしてしまう。同時に、ジダンは唐突だった。

 1998年ワールドカップ決勝、いきなり2ゴールをゲットしてフランスを初優勝へ導いている。しかも滅多にないヘディングシュート2発だった。ボルドー時代に左足のボレーで決めたロングシュートも、打った瞬間にはそれがシュートだとは思えなかった。常軌を逸した軌道でゴールインしている。2006年ワールドカップ決勝の頭突きによる退場も唐突だった。あれが現役最後のアクションというのは、ある意味ジダンらしい。

 2002年5月15日、伝説的な左足のボレーシュートは、ジダンらしさが凝縮した一撃として記憶に刻まれている。

 レアル・マドリーはフロレンティーノ・ペレス会長の下、「銀河系」と呼ばれることになる大補強計画を推進していた。ルイス・フィーゴをライバルのバルセロナから引き抜いて世間を驚かせた後、第二の大型補強がジダンだった。ユベントスからの移籍金9000万ユーロは当時の世界新記録である。

 ジダンは適応に苦しんでいた。メディアのプレッシャーも厳しく、期待外れとまではいえないが、史上最高額の移籍金に見合う活躍かといえば微妙だった。ジダンの評価が確定したのは、このシーズンのCL優勝によってであり、決勝点となったゴールだったといえる。ハンプデン・パークの時を止めた得点はその意味でも決定的だった。

 1-1で迎えた45分、左サイドのロベルト・カルロスから高いクロスボールが降ってきた。それはハイクロスというより、天高く上がって真下へ落下してくるような珍しい軌道のボールだった。その、あまりないボールの軌道にレバークーゼンの選手が対応に戸惑ったのも、このゴールの伏線になっていただろう。

 ともあれ、ボールはジダンのところへ落下していった。まさか、このボールをボレーで蹴るとは相手も思わなかっただろう。ジダンがすっと腰を落とし、居合抜きのように構えたときにも、まだシュートするかどうかは疑わしかった。落ちてくるボールは、まともにボレーで合わせられるような軌道ではなかったからだ。この瞬間、時は止まった。本当に打つのか?全員が固唾を呑んで見守るような具合になり、音も消えたように感じた。

 ジダンがスパッと左足を振り抜く。珍しい動き方でジダンの頭上から下りてきたボールは、さらに信じがたいほど美しい軌道を描いてゴールへ飛び込んでいった。

 ジダンは右利きだが、印象的なゴールは左足でとっている。デポルティーボ・ラコルーニャ戦で2人のDFを骨抜きにして決めたゴールが左足、前記のボルドー戦でのシュート、フランス代表デビュー戦のゴールも左だった。利き足でないぶん、形が決まっていて迷いと力みがないのかもしれない。30メートル飛んできたパスをインサイドで止め、そのまま空中でアウトサイドに持ち替える“空中エラシコ”ができるボール感覚の持ち主でもあった。ボールタッチの絶対的な自信がなければ、利き足でないほうで、あの軌道のボールをボレーで叩こうという発想は出てこない。

 真価を問われる場面が来ると秘めていた能力を全開にして結果を出すのもジダンの特徴だった。ただのボールアーティストではなく、必要とされるときに隠れない消えない。そのときにこそ芸術的なプレーで試合を決める。

 空前絶後のボールアーティスト、独特の勝負強さ、唐突さ、時を止める魔法、そしてあのボールが自分に落ちてくる運・・ジダンのすべてが詰まったゴールだった。(西部謙司=スポーツライター)

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