“終活”していた中尾彬さん “ねじねじ”も半分処分 余分なものをそぎ落とし身を軽くして

[ 2024年5月23日 05:12 ]

中尾彬さん死去

中尾彬さん
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 中尾さんは近年“終活”に取り組んでいることを公言。世間にその大切さを説き、残された時間を夫婦で向き合ってきた。

 契機となったのは06年に池波が手足がしびれる「フィッシャー症候群」で倒れ、07年に中尾さんが急性肺炎、横紋筋融解症という大病を患ったことだ。その際に池波が「今後に向けて整理しておかないといけない」と考え、12年ごろから断捨離を開始。まずは遺言状の作成と墓を建てることから手を付けた。

 トレードマークの“ねじねじ”も処分した。1990年代にロケ先のインドネシアでお気に入りの染め物「バティック」を購入し、飛行機トラブルでイライラしてひねっていたところ、隣で見ていた神田正輝(73)から「格好いい」と褒められたことがきっかけで生まれた逸品。約400本あったコレクションも半分に減らした。

 千葉県木更津市の実家の跡地に建てたアトリエでは30年間にわたり作品を生み出してきたが、これも16年に売却。さらに16年間にわたり利用していた沖縄の別荘も手放した。余分な物をそぎ落とし身を軽くすることで、より豊かな生活を過ごすことを目指してきた。

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