戸田奈津子さんが語るハリウッドスターの素顔 通訳引退も字幕翻訳は「生きている限り」

[ 2022年8月3日 05:30 ]

質問に答える戸田奈津子さん(撮影・会津 智海)
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 公開中の米映画「トップガン マーヴェリック」のイベントを最後に通訳から引退した字幕翻訳家の戸田奈津子さん(86)が本紙のインタビューに応じた。これまで1500本以上の字幕を手掛け、トム・クルーズ(60)やロバート・デ・ニーロ(78)ら数々のハリウッドスターの通訳を担当してきた。引退の理由や字幕へのこだわり、スターと関係を築く秘けつを聞いた。

 86歳の誕生日だった7月3日。トムの主演映画「トップガン マーヴェリック」のイベントでメッセージ映像の通訳を行った後、引退を表明した。

 「私も年をとったので、引き時かなと。通訳中にすぐ言葉が出てこなくなったら、スターに申し訳ないわ」

 字幕翻訳者を志す中で、30代から始めた通訳の仕事。30年来の親交があるトムには、引退することを事前にメールで伝えた。「とてもおちゃめな方。辞めることを伝えたら“もう少しやってよ”って言われたわ」と笑った。

 「スターだって、ただの人間」。仕事をする上での軸にしてきた。きっかけはデニーロとの出会い。主演の米映画「タクシードライバー」(76年)で見せた狂気的な演技から「本人も気むずかしい」と周囲から言われていた。しかし「実際はとても優しい人。スターだからと身構えず、自分の目で確かめないとダメね」と振り返る。その後、プライベートで京都を訪れたデニーロを案内するなど交流。信頼を勝ち取った。

 戸田さんが初めてハリウッド映画に触れたのは、戦後解禁された洋画の数々。第2次世界大戦下で幼少期を過ごし、スクリーンに映し出されたきらびやかな世界は「同じ地球上の話だと思えなかった」と衝撃を受けた。何度も繰り返し見たのは、キャロル・リード監督の名作ミステリー映画「第三の男」(49年)。「物語に音楽、そしてモノクロだからこその光と影のハーモニーも素晴らしいのよね」と頬を上気させて語る姿が印象的だった。

 だからこそ、字幕は「物語をスムーズに伝えること」を心がける。一部の映画ファンからは“誤訳”と言われることもあるが「気にしないわよ」と一蹴。例えば「E.T.」(82年)で、主人公が父親のセーターに鼻を埋めるシーン。実際のセリフは「(化粧品の)シーブリーズの匂い」だが、字幕では「オーデコロン」とした。

 「シーブリーズって何のことなのか、いきなり言われて分かる?まず、それが匂いのするものなのかどうか示すことが大事」

 制限された文字数の中で、いかに状況を伝えるか。そのためには周囲の声に物おじせず、信念を貫いてきた。

 通訳は引退したが、字幕翻訳は「生きている限り」続けていく。「心はいつまでも、映画が大好きな女の子。好きを仕事にしているんだもの。楽しいわよ」。“好き”を原動力に、これからも第一線を駆け抜けていく。

 《まず日本語を勉強しなさい》次世代の字幕翻訳者、通訳を目指したい若者に向けて、戸田さんは「日本語を勉強しなさい」と強調した。映画で使用される英語は万人を相手にした易しい英語が多い中、「それを訳す時、8割は日本語力が必要よ」と話す。歴史や戦争、宇宙などさまざまなテーマが題材になるだけに「知識も森羅万象、なんでも貪欲に吸収することも大切」とアドバイスした。

 ◇戸田 奈津子(とだ・なつこ)1936年(昭11)7月3日生まれ、東京都出身の86歳。津田塾大を卒業後、生命保険会社の秘書の仕事を経て、映画の字幕翻訳の第一人者であった清水俊二氏に弟子入り。「地獄の黙示録」(79年)で本格的に字幕翻訳者としてデビュー。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「タイタニック」などの字幕を手掛けた。60代で左目に「黄斑変性症」を患い、2度の手術を受けたが、完全な回復はしていない。

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