西川きよし、漫才師初の「文化功労者」選出に涙…やすしさんの仏前に報告

[ 2020年10月28日 05:30 ]

文化功労者に選ばれ涙を流す漫才師の西川きよし
Photo By 共同

 政府は27日、2020年度の文化功労者に漫才の西川きよし(74)ら20氏を選出した。漫才の分野から選ばれるのは初めて。西川は会見で、コンビを組んだ横山やすしさん(96年死去、享年51)に言及し「漫才に誘っていただき、感謝しかない」と目を潤ませた。文化勲章は脚本の橋田寿賀子(95)ら5氏に贈られることが決まった。

 大阪市内で会見したきよしは「小さなことからコツコツと頑張ってきて良かったです」と涙ながらに喜びを語った。漫才師初の文化功労者であるばかりでなく、所属する吉本興業でも創業108年の歴史で初の選出。「大衆芸能の中の演芸。その中の漫才が評価していただけた」と喜んだ。

 会見では相方のやすしさんに感謝した。「すぐにやすしさんの仏壇へ報告に参りました。“俺がいる間はもろてないのに、1人になったらもろた”と言われる気がします」と話し「漫才に誘っていただき、感謝しかない」と続けた。大きな瞳には涙が浮かんでいた。

 吉本新喜劇を経て、1966年に周囲の反対を押し切り、豪放な性格で知られたやすしさんと「横山やすし・西川きよし」を結成。当初は、互いに相方をド突くスタイルの漫才で売れた。70年以降は、ネタ中にボケとツッコミが入れ替わる斬新なしゃべくり漫才で一世を風靡(ふうび)。80年の漫才ブームをけん引して全国区の人気者となり、「プロポーズ大作戦」など司会者としても活躍した。

 やすしさんは度重なる不祥事もあり、89年4月に吉本興業との契約を解除。事実上のコンビ解消となった。いまでも朝晩、自宅の仏壇に向かって、やすしさんと会話するのが日課。「ボクの中ではまだ、やすしさんが生存してます」と思いを明かした。

 きよしは86年の参院選に初当選し、政界にも進出。3期18年の議員生活で、年金・福祉問題などに尽力したことも評価された。妻でタレントのヘレン(74)には「こんなボクに人生をかけて尽くしてくれてる」と感謝の言葉を述べた。

 あと2年余りで芸歴60年を迎える。「お客さんから、笑いより身体の方を心配してもらうようになったら辞めようかな。でも、やすしさんと“舞台の上で死にたい”と話してましたから。80歳ぐらいまではやりたい」と意欲。亡き相方への思いを胸に、これからもレジェンド漫才師は舞台に立ち続ける。

 ◆西川 きよし(にしかわ・きよし)本名西川潔。1946年(昭21)7月2日生まれ、高知市出身の74歳。大阪市立三稜中を卒業後、自動車修理工を経て63年に吉本新喜劇に研究生として入団。66年に横山やすしとコンビ「横山やすし・西川きよし」を結成。86年に参議院議員に当選。長男は吉本新喜劇の西川忠志、長女はタレントの西川かの子。

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