【内田雅也の追球】打線援護呼ぶガンケルの「民主的」投球 日本で学んだ「何か」

[ 2021年6月25日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6-0中日 ( 2021年6月24日    バンテリンD )

<中・神>練習中に話し込む(左から)侍ジャパン・山中強化本部長、建山コーチ、稲葉監督、矢野監督(撮影・大森 寛明)
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 マイナーリーグが舞台の『さよならゲーム』(1988年)は野球好きにはたまらなく魅力的な映画である。ある試合でベテラン捕手「クラッシュ」(ケビン・コスナー)がタイムをとり、マウンドを訪れる。剛速球だがノーコンのの若手投手「ヌーク」(ティム・ロビンス)に語りかける。

 「力を抜け。分かったな。全員を三振に取ろうなんて思うな。三振なんてのは独裁者だ。ゴロを打たせるんだ。その方がよっぽど民主的だ」

 日本で言う独り相撲を戒めたわけだ。この警句は昔も今も、洋の東西を問わずに生きている。確かに奪三振は投手の快感だが、ゴロを打たせれば野手全員が動き、チームにリズムが生まれる。

 この夜の阪神先発、ジョー・ガンケルは分かっている。7回6安打無失点。三塁を踏ませなかった。奪った21個のアウトのうち、ゴロアウトが13個を数えた。フライアウト(ライナー含む)3個、三振5個、そして無四球だった。

 ヒーローインタビューで、開幕から無傷の6連勝、登板9試合はチーム全勝と好調の秘けつを問われ「いいリズム」だと答えた。「ゴロを打たせて、よく守ってくれる」

 だから、攻撃にも転じやすい。野球は守りからリズムをつくるスポーツである。

 この夜は登板中に5点の援護点をもらった。2回をわずか20球で無失点と立ちあがると3回表に1点。変わらず打たせて取り、1点、2点……と追加点をもらった。

 今季の援護率(登板時9回平均の援護点)6・14は先発陣で最も多い。

 来日初年度だった昨年は主に救援で2勝4敗11ホールドだった。残留し1年を経て、球速も変化球も制球力も昨年と変わらないように見えるが、勝てる先発投手に変身している。一体何があったのだろうか。

 この夜の名古屋は「侍ジャパン・ナイター」だった。東京五輪日本代表監督・稲葉篤紀ら首脳陣が訪れていた。このなかに侍ジャパン強化本部長・山中正竹もいた。

 現役時代は左腕投手。法大時代、東京六大学リーグ通算48勝は今も最多記録として残る。指導者として国際経験が豊富で1988年ソウル五輪では日本代表投手コーチを務めた。アマチュアで編成された代表で投手陣に求めたのが「マイル・アンド・サムシング」だった。

 90マイル(約145キロ)を超える速球と「何か」。野茂英雄(新日鉄堺)のフォーク、潮崎哲也(松下電気)のシンカー、石井丈裕(プリンスホテル)のパームボール……。後にプロや大リーグで活躍する投手陣を率い、銀メダル獲得に導いた。

 「何か」は何も変化球に限らない。今回、阪神から侍ジャパンに選ばれた岩崎優は球の出所が見えづらく球持ちがいい。青柳晃洋も下手投げ(クォータースロー)の変則フォームだ。

 ガンケルの「何か」は目に見えない、間合いや駆け引きではないか。梅野隆太郎のサインにほとんど首を振らない。配球の意味を考え、誠実にミットを目がけて投げる。

 大リーグ経験はなく、7年間でマイナー15球団を渡り歩いた。来日し、日本の野球を真摯(しんし)に貪欲に学んできた。「同じ1球でも変化をつける。日本の投手から打者のタイミングを外す大事さを教わった」

 冒頭に書いた「ヌーク」は当初は反発していた「クラッシュ」の数々の教えを忠実に守り、ついに大リーグに昇格する。ガンケルもアメリカにはない日本野球の教えに忠実で「何か」をつかんでいた。 =敬称略= (編集委員)

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